【自己紹介】私とは?思考、作りたいものなど
前の記事で「何を作ったのか」を見てもらいました。ここでは「誰が作ったのか」を書きます。
20年、人と人の間で生きてきた
通信業界のエンジニアとして働いています。入社してからずっと同じ業界で、扱う電波の規格だけが世代とともに変わっていきました。
長くやっていたのはブリッジSEという役割です。社内に開発部隊がいて、海外にお客様がいる。その間に立って、技術を理解しながらお客様の状況を掴み、両方に伝わる言葉で話す。当時は技術も発展途上で、そもそも動かないものが出てくるのが日常でした。それを何とか動くようにしながら、お客様の要望も開発に入れ込んでいく。
今は管理職です。技術からは離れて、予算を見て、お客様と話して、社内で話して、部下に話す。気がつけば、話す側の仕事ばかりになっていました。
MyTypelessを作りはじめてから、当時の感覚が戻ってきました。動かないものを動くようにする。要望を入れ込む。やっていることは同じです。違うのは、今回は私がお客様で、私がブリッジだということです。だから妥協するつもりがありません。
買うのが嫌いなのではありません
人が作ったものにお金を払って使うのが、あまり好きではありません。
これはケチという話ではなくて、もう少し面倒な理由があります。有料サービスの代わりを無料のものやオープンソースで探して試す、ということをずっとやってきました。動画アプリの有料機能を自前で実現しようとしたこともあります。
でも、それをやりながら気づいていたことがありました。
結局それも、誰かが作ったものを使っているだけなのです。その誰かが仕様を決めて開発したものだから、私がやりたいことに完全には届かない。私が引っかかっていたのは値段ではなく、仕様を人に決められることでした。
「こういうものが欲しい」というメモを、2016年ごろから貯めています。今数えたら20個くらいありました。ペットのトイレシートを自動で取り替えてくれる装置、みたいなものまで入っていて、今読むと笑ってしまいます。
ただ、作る手段がなかった。だから具体的な仕様にする手前で止まっていました。
本音は、いつも外国語で言えない
例えば仕事でよく使う英語の話。
実は、英語は、今でも達者ではありません。言いたいこともまともに話せません。
それでも20年やってこられたのは、下手な英語でも何とかなるからです。相手の言うことは何となく分かるし、結局は度胸の問題でした。本質は言語ではなく、仕事の中身や装置の挙動のほうにある。だから身振り手振りでしのいできました。
その手が効くのは、仕事の話をしている間だけです。
これは私だけの話に限りません。今は誰もが日常的に外国語を使わざるを得ない場面があると思います。仕事の会食でも、旅先でも、たまたま隣に座った人との雑談でも。そして人と人が近づく瞬間には、たいてい仕事以外の話をしています。好きなもの、可笑しかったこと、どうしても納得できないこと。
大げさな例を出せば、運命の相手が、自分の話せない言語を話す人だという可能性だってあるわけです。
そういう場面は、過去にも今も数え切れないほどありました。その中から一つだけ、今でもはっきり覚えている夜の話をさせてください。
2012年、出張先でのことです。音楽の趣味が合うお客様がいて、仕事を抜きにして、大好きなバンドのライブを一緒に見に行きました。客と業者ではなく、ただ同じものが好きな二人として過ごした夜でした。
この曲のここがいい。あのときこうだった。そういう話をしたかった。
何も出てきませんでした。
仕事の場では、あれだけ何とかなっていたのです。技術の説明も、込み入った交渉も、下手な英語と身振り手振りで通してきました。それなのに、本音を話そうとした途端、言葉がひとつも出てこなかった。
しのいでいた手は、全部が仕事のためのものだったのだと思います。
ライブには行きました。一緒に撮った写真も残っています。それでも、あのとき本音を何も言えなかったことを、私は今でも覚えています。
自分を、データベースにする
2022年からライフログをつけています。今どこで何をしているかを、その都度書き残す。最近だとAI x Obsidianとか人気が高いみたいですが、私はupnoteっていうノートアプリで日々を記録しています。
一番古い記録が2022年です。
理由をうまく説明できないのですが、こういうことです。
もし私が記憶を失ったり、いなくなってしまったりしたときに、私の思考や行動がデータベースとして残っていれば、「あの人ならこう考えて、こう動く」を私の代わりに出してくれるシステムが、いつか作れると信じてます。(オカルト的でキモくてすみません)
そのデータベースを、今つくっている感覚です。
分かりにくいので、一つだけ例を出します。私がイタリアに行って、イタリア語で何か聞かれたとします。私はイタリア語を話せません。でもそのシステムが先回りして、「自分だったらこう言う」をイタリア語で出してくれたら、私はそれを読めばいい。翻訳して、理解して、考えて、話して、また翻訳して、という手間が要らなくなります。
それは翻訳機とは違います。翻訳機はその言語を知っていますが、私が何を言いたいかは知らないからです。
これを自分で使いたいし、私がいなくなった後は他の人が使えればいいと思っています。
だから、音声入力から始めました
ライフログは歩きながら書くこともあります。それを毎回フリック入力でやっていたら、人にぶつかって危ない。単純に、声のほうが早いのです。
音声入力に興味を持ったのは今年になってからでした。20個のメモの中に、音声入力アプリは入っていません。あとから必要になって、上に乗ってきたものです。
入り口が音声入力で、真ん中に置くのが自分のデータベースです。出口は、メガネ型のディスプレイでもいいし、そうでなくてもいい。出口は一例にすぎません。
大事なのは、これが日常のほうに降りてくることです。
会話の途中で、言いたかったことが先に出てくる。忘れていた前提を、思い出す前に思い出している。そうなったとき、「自分にできること」の線が引き直されます。話せない言語は話せないまま、話が通じる。覚えていないことを、覚えている前提で人と会える。
今の常識のほうが動くのだと思っています。そこから先に何が見えるのかは、正直まだ分かりません。分からないから、見てみたいのです。
そして今、その入り口にあたる部分を、毎日使いながら作り直しています。
諦めたものに、もう一度手が届く
最後にひとつだけ書かせてください。
あの夜にほしかったものを、私はたぶん今つくっています。
私の20個のメモは、特別なものではないと思います。「こういうものがあればいいのに」と思って、作れないから諦めた。そういう記憶は、たぶん誰にでもあると思います。仕事のことでも、暮らしのことでも。
その「諦めた理由」のほうが、今は消えかけています。
アイデアはずっとありました。無かったのは、形にする手のほうです。その手が、今は借りられます。私はコードを書けません。今も書けません。それでもアプリは動いていて、毎日使っています。
つまり、これまで具現化を諦めてきたあらゆることに、もう一度挑戦できる時代に私たちは生きているということです。気の利いた言い回しのつもりはありません。事実として、そうなっています。
よかったら、聞かせてください
とはいえ、私も始めたばかりです。3週間前まで何も作れませんでしたし、今も分からないことだらけで、偉そうなことを言える立場ではありません。この連載も、うまくいった話より転んだ話のほうが多くなると思います。
だからこそ、読んでくださる方に聞きたいことがあります。
同じようなことを考えている方、すでに何かを作りはじめている方がいたら、ぜひコメントで教えてください。「自分もこれを諦めていた」でもいいですし、「そのやり方は遠回りだ」でも構いません。むしろ後者のほうがありがたいです。私は正解を知らないまま進んでいるので、外から声が来るほど早く進めます。
一人で作っているものですが、一人で考えたままにしておくつもりはありません。
次の回から、その3週間の記録が始まります。
