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文フリ初参戦より先に書く事あるか?

 社長になりました。ぶい。

 実家の仕事に入って5年。2年ほど前に父が一度大病を患って、そこから大きく環境が変わった。それまでは現場中心で働いていたが、経営の方に回る事に。若輩者でわからないことだらけだったが、従業員や取引先の方々に助けられ、今年の決算も増収増益。有難い限りである。

 父は25歳の時に社長になった。今から50年前の話である。
祖父は若くして亡くなっている。享年51歳だそうだ。私は白黒の写真でしか見たことが無いし、私の母ですら会った事がない。

家の仕事にも入らずふらふら過ごしていた父は、お通夜のタイミングで初めて自分が継ぐことを知ったらしい。そして会社にかなりの借入がある事も。祖父は本当に働き者の優しい人だったらしいが、特に当時の町工場においてその性格と商才はあまり相性の良いものではない。父にとって中々にハードなスタートである。

しかも結構に遊び歩いていたらしく、本当に何もわからない状態。後で聞いた話だそうだが、通夜の席で当時住み込みで働いていた夫婦が「アイツが継いだら会社は潰れる、皆辞めた方が良い」と他のパートさん達全員に話していたらしい。まあ後々それを聞いた父本人ですら、傷つきながらも「そらそうやろ」と思ったらしいが。

そこからは苦労の連続だったそうだ。他の皆が帰ってから取引先を回り、21時に会社に帰って機械を回し、日付が変わる前に機械を止める。経営自体はなんとか安定したそうだが、やはり不況もある。取引のある会社が潰れた時は、土下座する相手の前で不渡り手形を握りしめ、怒りを押し殺しながら労った事もあったらしい。

 父のやり方は今の時代に合っていない事も多い。私もよく衝突する。
ただ、それはゼロどころかマイナスのスタートから50年、一度も赤字を出さずに無借金経営を続けてきた矜持でもある。失われた30年も、リーマンショックもプラスで乗り切った。これが如何に凄い事か、社会に出て初めて理解できたのは恥ずかしい限り。


 大病を患う少し前、父は白浜にセカンドハウスを買った。
引退したらゆっくり住める別荘を探していて、漸く見つかって購入した直後の病気。当時はかなり落ち込んでおり、手術直後の一番弱っているタイミングでは、その話題を出す事すら憚られたくらいである。

今はほぼ寛解し、土日や連休は向こうで過ごしている。
ゴルフ以外に特段趣味が無い父。子供の頃の私達には、口よりも先に手が出る父。ひねくれていて天邪鬼で、友達があんまりいない父。
そんな性格が祟ってか、50年中々弱音も吐けずに、それでも闘い続けた父。

後はゆっくり過ごしてほしい。私はこう見えてシゴデキなのだ。
父とは違うアプローチで、父の魂はそのままに。
これから何年やれるかわからないが、頑張りたい。

あ、流石に今日の話にオチはない。

採用面接では今日一人落としましたが。流石に汚れたまんまのワイシャツで、履歴書がコピーなら落とします。舐めんな。


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