🎹【小6発表会編・最終話】夕飯にベートーヴェン、居眠りにモネ。そして娘は、キラッと光ったか。
発表会まで、あと1週間。
エルサ先生から下された最後の宿題は、なかなかに壮大なものでした。
ベートーヴェンのシンフォニー、全曲。
ドビュッシーのピアノ曲、あれこれ。
印象派の絵画、できるだけ。
さて、我が家はこの宿題にどう立ち向かったか。
🍚庶民の食卓に、突如として降臨したベートーヴェン
我が家の夕食タイムは、いつもワチャワチャしています。
その日あったこと、どうでもいい話、誰かのボケに誰かがツッコむ。
それが我が家の普通の夜でした。
……その「普通」が、この1週間で一変しました。
BGMが、ベートーヴェンのシンフォニーになったのです。
第1番、第2番、第3番『英雄』。
唐揚げをほおばりながら、交響曲が鳴り響く食卓。
「お父さん、今日どうだった?」
「うん、まあ……」
会話が続かない。
気づけば家族全員、お箸を止めて、なんとなくベートーヴェンに聴き入っていました。
庶民の食卓が、一週間だけウィーンのコンサートホールになりました。

🎨モネの画集と、ベートーヴェンと、12歳の睡魔
夜、ピアノ練習後の娘はといえば、図書館から借りてきたモネの画集を膝の上に広げ、イヤホンでベートーヴェンのシンフォニーを流しながら、印象派の世界に浸っていました。
『睡蓮』の淡い水面。
『積みわら』の光のグラデーション。
『ルーアン大聖堂』の霧の中に溶ける輪郭。
……これは、なかなか絵になる光景です。
しかし現実は残酷でした。
娘、毎回途中で寝落ちる。
気づくと画集を胸に抱えたまま、ベートーヴェンの第7番が鳴り響く中、すやすやと眠っていました。
モネに癒され、ベートーヴェンに揺られ、12歳の睡魔には勝てなかったようです。
エルサ先生、ご報告があります。娘はモネを抱きしめたまま、毎晩ベートーヴェンと一緒に寝ました。

🎹それでも、ピアノは最後まで
笑えるエピソードはさておき。
娘はこの1週間、ピアノの練習だけは最後まで手を抜きませんでした。
ベートーヴェンの情熱を指先に込め、ドビュッシーの色彩を音の中に溶かす。
「しょぼい」と言われた日から2ヶ月。
「ダサい」と言われた日から2ヶ月。
娘の手は、確かに違う何かを掴みかけていました。

🔥発表会本番 しょぼダサい卒業の日🔥
そして、本番当日。
娘の出番が来ました。
「ベートーヴェンの情熱を表現するには、これがいい」と言って自ら選んだ深いネイビーの、Amazon産ドレスをまとった娘がステージに現れました。
まずはベートーヴェン、ピアノソナタ第5番ハ短調。
冒頭の和音が鳴り響いた瞬間、母の胸に、あの冬の日々が一気に押し寄せてきました。
「しょぼい」と一刀両断された1月の朝。
「土足でドアを蹴破る男」という先生の言葉。
「なんで聴こえないの!」と楽譜に向かって呟いた娘の横顔。
ステージの上の娘の指が、ベートーヴェンの怒りと祈りを、懸命に鍵盤に叩きつけていきます。
続いてドビュッシー、『グラドゥス・アド・パルナッスム博士』。
「ダサい」と突きつけられた日。
モネの画集を抱えたまま眠った夜。
「シュシュへの愛情なら表現できるかも」と言った娘の決意。
指先から、光の粒子が零れ落ちるように、音が会場に広がっていきました。
緊張からの力みで、小さなミスもありました。
完璧ではなかった。
でも、娘が出来る表現を、全部やりきった。
母の目には、しょぼダサいと呟いた冬の夜から、この春の舞台までの2ヶ月間が、走馬灯のように流れていきました。

🎹エルサ先生の言葉
発表会終了後、エルサ先生に挨拶に伺いました。
先生は、静かに、でも確かな温かさで言ってくださいました。
「とても成長を感じましたよ」
「ベートーヴェンの情熱も、ドビュッシーの色彩も、感じられました。勢いのある演奏でした」
そして最後に、あの先生らしい一言が続きました。
「まだまだ成長できます。これからピティナの練習が始まりますね。引き続き頑張りましょう」
褒めて、伸ばして、次を見る。
エルサ先生はもう、春の先を見ていました。

🌸気づけば春。4回目のピティナ挑戦へ
「しょぼい」から始まったこの冬。
娘は確かに、何かを掴みました。
キラッと光ったかどうかは、あの日の娘だけが知っています。
でも少なくとも、「しょぼダサい」は、卒業しました。
気づけば窓の外は春。
ピアノ歴4年、4回目のピティナピアノコンペティション挑戦。
おしゃれ番長の、新しい戦いが始まります。
🎹小6発表会編・完🎹

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