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50代で移住した件


今から15年前ですが、唯一の家族

父親が亡くなり、ひとりで喪主などの

最後の仕事をやった。


それから、仕事も辞めて

のんびりとひとりの生活がしたくなり、

ネットで移住先を調べては、

物件を見にバイクで行ってました。


島根県益田市匹見町という所に

6DKの家が借りられて引越しすることに

たいした荷物は無かったので、

レンタカーを借りて運んだ。

結局その家から、町まで40km!

知らなかった(笑)

車も無く、バイクだけなので

近所の人(200mは離れている)から

ここは冬雪が降ったらどうするんじゃ!

除雪車で雪を集めたら、2mにはなるん

じゃあ〜

と、言われ ナニ?????

そんなこと聞いてない……

益田市の担当者に電話して確認、

言い忘れたと、10月から翌年4月までは

スタッドレスタイヤが必要です。

今更、どうすることもできないじゃん。


引越したのは6月だった。

降り出したら考えるかで住んでました。


同じ地域(部落)では、とても仲良くして

もらった。


しかし、働かないといけないと思って

バイトでもしようかと、誰に聞いても

無いよう〜


それから、町役場に話に行ったら

貴方は泳げますか?と言われ

なんで?ここ中国山地の高い場所なのに


7月から町内のプールで監視員を募集して

いるが、成り手がないとのこと。

泳ぎは得意で、高校生の時は小学校の

プールの監視員をやってた!

とりあえず、この夏の仕事は見つかり

ホッとしてた(笑)


3年移住してましたが、やはり

田舎には、部落問題があり

差別が日常的にあった。


なるべく関わらないようにしていたが

それは、無理で私まで差別を受けはじめ

情け無い思いで一杯でしたね。


中学生の頃 部落解放運動をやってた

身から、まだあるんだ!なんで?

の気持ちで悲しかった。


話を元に戻すと、プールの監視員も

8月で終わり、その後は農業法人で

アルバイト、9月から米の収穫。

コンバインに乗って米を刈ってました。


それから、初めての冬!

マジ、寒い!

たまらず、中古の軽トラの四駆を

購入しましたわ😅

バイクは納屋に入れて、

バッテリーを外しておきました。


春3月に、益田市の方から嘱託職員に

なってくれないか?と

しかし往復80kmも走るのは、ちょっと

無理だと断りましたが、

町役場に出勤してくれたらいいと

いうことで、了承しました。


匹見には温泉♨️があり、町民には

安く入れるので、毎日入って帰ってました。


週四日の勤務だったので、めっちゃ楽!

と思いきや、公民館の館長から

休みの日でいいから来てくれる?

一応パソコンができたから声がかかった


それに、温泉でよく会うお爺さんが

孫を連れて湯船にいた人。

わしのところでも働いてくれんか?

エッ!誰なん?

なんと社会福祉協議会の会長さんで

断ることができず……

めっちゃ忙しくなってるやないかい。🤣


そんなこんなで生活して、

家に帰ると家の中に、
惣菜が置いてあったりで嬉しかった。
しかし、だれなん?
皿どうしよう???

なんてことも多かったです😍


当時の画像が少しスマホに残っていたので紹介します。

雪が降りだして、この後
納屋の方に避難させた!
6DKの広い平山
家賃は2万🤣
一晩で20cmも降るから
雪かきしないと車ままで行けない
納屋に入れたバイクを
時々、エンジン始動してみてた。
雪が溶けるのが楽しみで!
庭も雪で何がなんやら状態
スパイク付きの長靴を履いてました。
一度降り出したらとまらない。
中国地方の北海道といわれた場所
この時は、軽トラと赤い軽の四駆
も持ってました。
車には絶対鍵はかけたらあかん
と、言われてました。
凍って鍵が入らなくなるからです。



ちょっと疲れた😓(笑)

そんなこんなの移住体験をしました。


最後まで読んで頂き、ありがとうございました😊


 

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