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思い込みで人は本当に死ぬのか?ノセボ効果と『呪い』のエビデンス

はじめに 夢が外れた日に、男は死んだ

ある冬の、収容所の話からはじめます

1944年、ナチスの強制収容所。

ひとりの囚人が、仲間にこう語りました。

「夢で、お告げがあった。3月30日に戦争が終わって、僕は解放される」。

彼はそれを心の支えに、苛酷な労働と、飢えに耐えていました。

その日が近づくにつれて、顔に血色が戻り、冗談を言えるようにさえなっていったそうです。

ところが、約束の3月30日に、解放は来ませんでした。

前線は動かず、彼はその日も、いつもと同じ労働に戻りました。

翌31日、彼は発熱しました。

その数日後、医学的には説明のつかないまま、息を引き取りました。

栄養失調でもなく、感染症でもなく、直接の外傷でもありません。

精神科医ヴィクトール・フランクルは、この男の死因をたった一言で記しています。

「希望の消失」と。

出典: ヴィクトール・E・フランクル『夜と霧』新版、みすず書房、第二部

人は、言葉だけで死ぬことがある

栄養失調でもなく、感染症でもなく、「希望が消えた」ただそれだけで、人の身体は止まりうる。

この事実を、あなたは一度、しっかり受け止める必要があります。

信じるとは、身体にまで届く行為だということ。

それは、同時に「信じ方を間違えると、自分を殺しうる」ということでもあります。

この本は、そんな話を20本並べた一冊です。

呪い、祟り、死の宣告、集団パニック、副作用報告。

見た目はバラバラに見える事例たちですが、背骨にあるのは、たった一つの現象です。

「人は、悪いことが起きると強く信じた瞬間、身体のほうを先に合わせてしまう」。

専門用語では、これをノセボ効果(nocebo effect)と呼びます。

プラセボ効果の双子の弟、と言ってもいいかもしれません。

プラセボが「良くなると信じる力で身体が反応する」現象なら、ノセボはその反対。

「悪くなると信じた瞬間、身体が本当に悪くなる」現象です。

ハーバード大学の生理学者ウォルター・キャノンは、1942年に「Voodoo Death」という論文を発表しました。

出典: Cannon WB. "Voodoo death." American Anthropologist. 1942

そこから80年以上、ノセボ研究は積み重ねられてきました。

いまでは、脳のどこで、どの神経伝達物質が動いているかまで、かなり細かく解明されています。

あなたの中にも、たぶんある

この本を読み始めたあなたに、少し質問をさせてください。

体調が悪い日に、ネットで症状を調べていたら、さらに不安になって、ますます具合が悪くなった経験はありませんか。

薬の説明書の副作用欄を読んだ直後、書かれていた通りの症状を少し感じた経験はありませんか。

「こう言われたら傷つく」と恐れていた言葉を、本当に言われた瞬間、身体まで固まってしまったことはないでしょうか。

どれも、ノセボの小さな入口です。

収容所で死んだ男のように極端ではなくても、仕組みは同じです。

脳の中で、扁桃体(危険センサー)が警報を鳴らし、前帯状皮質(痛みと感情に関わる脳領域)が身体に命令を出し、CCK(コレシストキニン/消化管ホルモンの一種)という物質が不安を痛みに変換する。

その一連の流れが、ミリ単位のスピードで毎日起きているんです。

この本の読み方

この本は、物語と科学の両輪で進みます。

第1章では、歴史に残る20の事例を並べます。

収容所、呪術、集団パニック、現代医療の副作用報告。

読みながら、「自分に近い話はどれか」を探してみてください。

第2章では、冒頭の収容所の事例を、もう一段掘り下げます。

希望がなぜ身体を支えていたのか。

現代の臨床研究が、何を確かめたのか。

ここで、「呪い」という言葉が「期待の負の転換」に翻訳されていきます。

第3章では、脳の中を解剖します。

扁桃体、前帯状皮質、CCK、HPA軸(ストレスホルモン系)という、4人の登場人物が出てきます。

聞き慣れない名前ですが、役割はシンプルです。

この章を読み終える頃には、ノセボは「怖いオカルト」から、「仕組みがわかっている現象」に変わっているはずです。

第4章では、現代のあなたの日常に戻ります。

薬の副作用説明、メディアの健康報道、SNSのタイムライン。

どれもが、気づかないうちにノセボのトリガーを引いています。

ここでは、自分を守るための3つの視点を紹介します。

一つだけお願いがあります

この本は、「呪いを怖がる本」ではありません。

逆に、「呪いの正体を知って、振り回されないための本」です。

読んでいる途中、怖い場面や、暗い場面が出てくるかもしれません。

ただ、どの事例にも必ず、脳科学と歴史の裏づけがついています。

オカルトを信じさせるための本ではないことを、最初に約束しておきます。

僕自身、最初にフランクルの「夢が外れた日に死んだ男」の話を読んだとき、しばらく眠れませんでした。

「人間の身体は、ここまで言葉に弱いのか」と。

同時に、こうも思いました。

「だったら、言葉の使い方次第で、身体は強くもなるはずだ」と。

この本は、そのために書いた一冊です。

呪いの鎖を解く最初の一歩は、鎖の正体を知ることから始まります。

では、次のページで、最初の20の物語に入っていきましょう。

第1章 呪いで死んだ人々――ノセボ効果の20の実例

先に伝えておきたいこと

この章は「呪いで死んだ人」の話を20本並べます。

読み終えたときに、背筋が冷たくなるかもしれません。そもそも、それが狙いです。

ただし、一つだけ最初にお願いがあります。

この章の事例は、あくまで「物語」として読んでください。

科学的な説明は、第2章以降で順番に整理します。

ここではまず、「人は言葉や思い込みだけで、本当に倒れることがある」という事実の層を、事例として浴びてほしいんです。

紹介するのは、論文や歴史記録、医師の臨床メモに残っている話だけです。

ネット上の怪談ではありません。各事例には、出典を必ず一つ以上つけています。

20本の事例を、次の4つの型に分けて紹介します。

ちなみに、分類はあくまで仮のものです。

言霊型は、誰かの言葉や予言が引き金になったケース。

儀式型は、呪術や儀礼が身体に作用したケース。

集団型は、空気や報道が大勢を同時に変えたケース。

医原型は、医療そのものが引き金になったケースです。

つまり、呪いの形は違っても、同じ構造が繰り返されているんです。

順番に見ていきましょう。

言霊型――言葉が人を倒す

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