初めての温泉 おウチのお風呂が好きだから
「いやだいやだ!おんせん入らない!お!ウチのお!フロがす!きだからぁ!」
…えぇ〜、さっきは一緒に入るって言ってたじゃん…
じゃん…
じゃん…
大きな声でイヤを主張するその声を、どこか他人事の様に聞き流す。そっと視線を上げ、静かに辺りを見渡した。そのスーパー銭湯の脱衣所では、数人の半裸の男達が、静かに思い思い着替えをしていた。
先日久しぶりにスーパー銭湯に行ってきた。
娘がママとデートしたいと言っていたので、娘のママDayとしてママ独り占めの時間を作った。そのため、息子を連れて半日以上お散歩することにしたのだ。息子はパパとのデートだ。そして選んだのがスーパー銭湯。息子は初めての温泉だ。
最近絵本でも銭湯を題材にしたものを少し前に読んでいた。確かあれは……少年が初めて銭湯に行ってみると、たくさんの鬼達が先に湯船に浸かっていて、恐る恐る湯船に入ると自分も赤鬼になってしまう。でも終いには気持ちよくなって、湯船から出ると皆人間に戻り、満足して銭湯を後にするといったお話だった。
息子には、「温泉気持ちいいぞ〜、一緒に温泉入ったら、そのあとおやつでも食べよっか」と、おやつ作戦で温泉を伝え、「いっしょにおんせんはいる!」と了解を得たはずだった。
スーパー銭湯の中には食事処、お菓子売場、ガチャガチャコーナーなどがあり、男湯へ向かう途中、息子はお菓子売場でも、ガチャガチャコーナーでも立ち止まり物色していた。
「お風呂出たらまた見よっか」
となんとか誤魔化し男湯へ向かった。暖簾をくぐり、脱衣所に入ると、お風呂場へ続く透明なガラス戸の向こう側が見えた。床と湯船からモワモワと湯気が勢いよく立ち昇り、裸で歩く何人かの人間が見えた。
そして息子に「よし、じゃあ服脱ごっか」と声を掛けた途端、眉尻を下げ私の目を不安そうに見つめ
「いやだいやだ!おんせん入らない!お!ウチのお!フロがす!きだからぁ!」
とジタバタしながら絶叫しだした。
……えぇ〜、さっきは一緒に入るって言ってたじゃん…
おウチのお風呂だってすぐには入らないじゃん…
はなしが違うじゃん…
風呂場を歩く人間達が、鬼にでも見えたのだろうか。
脱衣所には数人の人間の男達がいたが、気にしても仕方がない。全集中で対応策を考える。もう入場料は券売機で支払い済み。しかもこっちは既に半裸だ。
ごねる息子と交渉するか……引き返すか……でもやっぱり久々だし風呂入りてぇな。と自分のエゴの為に高度なネゴシエーションを試みることにした。
こういう時、まずはイヤイヤを承認すべしと育児本には書いてあった。まずは抱っこし「そっか、温泉入りたくないか〜、おウチのお風呂が好きだったんだねぇ」と口火を切り、交渉の席に着かせる。
「じゃあ、温泉入って出てきたら、さっきのお菓子2つか、ガチャガチャ一回かどっちかやろっか」
育児本には、子供に選択肢を与え、選択させると良いとも書いてあった。
息子 : 「どっちも!」
そうきたか。ですよね。うん、どっちもが良いよね。
どうやら息子の方が格上のネゴシエーターの様だ。
しかしどっちもにすると、せっかく安い子供料金が大人料金と変わらなくなってしまう。なんなら超えてしまう。
「今回はどっちもはできないから、どっちか選ぼう。お菓子とガチャガチャ、どっちが良い?」
「イヤだイヤだ!どっちもやるのー!」
こだまする絶叫。まいった……。このまま交渉を続ければ長期戦になりそうだ。この先の自分の温泉LIFEという人生計画の為にも、子供の温泉初体験は楽しい体験として刷り込まなくてはならない。そのための初期費用として多少の出費は致し方なしか……。
そして思い出はプライスレスとして、プライスを上乗せすることを決めた。
「じゃあ、温泉入ったらガチャガチャとお菓子2つ買おうか」
息子 : 「うん!ごはんもたべよっか」
しっかり食事処の食品サンプルも見ていたか……。
こうして息子はちゃっかり全てを手に入れる交渉を成し遂げた。ネゴシエーション成功だ。
昼食もここで食べることとなり、この銭湯の戦略にどっぷりハマっり散財する事となってしまったが、結果オーライとしよう。
電気風呂以外の内湯、露天風呂を制覇した。子供と一緒に入る壺湯は、家族風呂の様でなんだか良いものだなと思ったが、途中で「パパはあっちいって。」と隣の壺への移動をネゴシエートされ、それぞれ単独でも壺湯に浸かった。
ニコニコしながらひとり壺湯でバチャバチャする息子は楽しそうで微笑ましかった。広い露天風呂では、両手を鳥の羽根の様にパタパタしながら「ピヨピヨピヨピヨ🐣」と歩き回り可愛かった。
そして最後にまた内湯で温まり、ホカホカしながら温泉を後にした。
ガチャガチャコーナーでは一個500円の大物が選ばれた。

お菓子コーナーでお菓子も物色。お姉ちゃんの分のお土産お菓子も購入した。
昼食。自由にメニューを選ばせた結果、かき氷を頼んだ息子。

熱い身体にかき氷、ツウだね。
あとは大盛りの定食をシェアして食べた。

帰りに、「温泉楽しかった?」と聞いてみた。
「おんせんたのしかった〜、またいこうね〜。」
とニコニコしながら答えた息子。課金した甲斐があった。
ネゴシエーションには失敗したが、温泉LIFE人生計画は成功したようだ。
これでまた、一緒に温泉に連れて行くことが出来る。
今度は温泉を出た後の、コーヒー牛乳で手を打ってもらえるように、交渉してみようかな。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
ではまた、お会いしましょう。
