「『ギリギリ族』という言葉から気づいた、私の『目利き』」 6月26日DAY135

🌿【目次】🌿
① ばなおさん、ゆりさんのnoteからいただいた気づき
② 私もアスリートだった頃の「最後の微調整」
③ 今も続いている「調整する感覚」
④ メンターとしてFFを書く時も、最後の微調整がある
⑤ 「ギリギリ」よりも大切なのは、心の状態
⑥ JDSで見つけた「目利き」という天才性
⑦ 目利きは、自分の心にも向けられる
⑧ 「留白」が教えてくれた余白
⑨ 学びは人から人へ受け継がれ、深まっていく
⑩ 今日、心に留めておきたいこと

今日は、JDSコーチのお二人のnoteから、大きな気づきをいただきました。
最初に拝見したのは、ばなおさんの「ギリギリになって焦る人になんて声をかけるか」というnoteです。
https://note.com/banao_sensei/n/n6086f041b21a
ギリギリになって変更を伝えてくる相手を見て、自分はなぜモヤッとしたのか。
その感情を丁寧に見つめ、「早く決めて安心したい」という自分の本音に気づかれた内容でした。
その気づきを受けて書かれていたのが、JDSコーチの筒井悠理さんのnoteでした。
同じ「ギリギリ」という行動でも、それが自分のベストを尽くすための「最後の微調整」なのか。
それとも、不安からくる「あたふた」なのか。
外から見える行動は同じでも、その奥にある心の状態はまったく違う。

その視点に、私は深く共感しました。
実は私も学生時代、陸上競技に打ち込んでいました。

中学では砲丸投げ、高校では円盤投げや、やり投げに取り組み、試合の日には最後の最後まで身体の感覚を確かめながら、その日のベストな状態を整えていました。
「よし、今日はこれでいこう。」
そう覚悟を決めるまで、自分を調整し続ける。
ゆりさんのnoteを読みながら、あの頃の自分を懐かしく思い出しました。
そして、その感覚は競技だけではなく、今の私にも続いていることに気づいたのです。
メンターとして、受講生さんの振り返りにFFを書く時。
どの言葉を拾い、どの問いを返すのか。
そこにも、最後の最後まで微調整があります。
茶會の室礼を整える時。
茶器を選ぶ時。
お花を飾る時。
お茶の組み合わせを考える時。
私はいつも、最後の最後まで、
「こちらの方が伝わるかな。」
「この方が美しいかな。」
そう考えながら、少しずつ整えています。
外から見れば、ギリギリまで考えているように見えるかもしれません。
でも、お二人のnoteを読んで、大切なのは「ギリギリ」という行動ではなく、その時の自分の心の状態なのだと気づきました。
最高の状態を目指して微調整しているのか。
それとも、不安や焦りに追われているのか。
その違いを見つめることが、とても大切なのだと思いました。

JDSでは、価値観ミッションを出す時に、
◆欠落感から得た才能・天才性
を言語化していきます。
ここが一番言語化できると、自分の価値観ミッションが見えてきます。

その中で、私には「目利きができる」という天才性があると出ました。
これまで私は、その目利きとは、本物の中国茶や茶器、花や空間を見極める力だと思っていました。
しかし今回、お二人のnoteを読んで、新しい気づきがありました。
目利きとは、外側の本物を見極める力だけではなく、自分自身の心の状態を見極める力にもつながるのではないか。
今の私は、最後の微調整をしているのか。
それとも、不安から焦っているのか。
その違いを見極めることも、私にとっての「目利き」の使い方なのだと感じました。
そして、これからは、早く終わらせることを目指すのではなく、少し早めに土台を整え、最後の微調整を楽しめる余白を持ちたいと思います。
以前学んだ、水墨画の「留白」という言葉があります。

余白は、空白ではなく可能性。
茶席にも、文章にも、人生にも、余白があるからこそ、最後の一手が美しく生きるのだと思います。
今回、ばなおさんの気づきが、ゆりさんの気づきへとつながり、さらに私自身の気づきへとつながりました。
学びは、一人で完結するものではなく、人から人へ受け継がれ、自分の人生と重なることで、さらに深まっていくものなのだと感じています。
お二人のnoteのおかげで、私は自分の「目利き」を、新しい視点で見つめ直すことができました。
本物のお茶を見極めるように。
本物の器を見極めるように。
これからは、自分自身の心の状態も丁寧に見つめられる人でありたい。
そんなことを感じた一日でした。
ばなおさん
ゆりさん
心より感謝いたします。
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