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テレンティウス『兄弟』――厳格な父と寛大な父、どちらがよいのか

古代ローマの喜劇作家テレンティウスの『兄弟』(Adelphoe)は、教育をめぐる問題を正面から扱った作品です。

子どもには厳しく接するべきなのか。それとも、本人の自主性を尊重し、できるだけ寛大に接するべきなのか。

紀元前2世紀に書かれた喜劇ですが、そこで扱われている問いは、現代の親や教育者にとっても決して古びたものではありません。

対照的な二人の父親

物語の中心となるのは、性格も生活も対照的な二人の兄弟です。

兄のデメアは田舎に暮らす厳格な父親です。勤勉で質素な生活を重んじ、息子にも厳しい規律を求めます。

これに対して弟のミキオは、都会でゆとりのある生活を送る独身者です。兄の息子の一人を養子として育てていますが、その教育方針はたいへん寛大です。

デメアには二人の息子がいて、一人は自分で育て、もう一人はミキオに養子として託しました。

そのため劇の中では、

「厳しい父に育てられた息子」と「寛大な父に育てられた息子」

が自然に比較されることになります。

二つの教育方針を並べて、その結果を見せるような形で物語が始まります。

厳格な父の息子が問題を起こす

ところが、最初に問題を起こすのは、厳格なデメアに育てられた息子のほうでした。

彼は父に隠れて遊女と恋に落ちています。

その恋を助けるため、ミキオに育てられた兄が一肌脱ぎます。自分がその遊女を愛しているかのように装い、彼女を置屋から連れ出してしまうのです。

当然、この事件は町中の噂になります。

事情を知らないデメアは激怒し、

「あの息子があんな乱暴なことをするのは、おまえが甘やかして育てたからだ」

と弟ミキオを責めます。

ところが実際に遊女を愛していたのは、デメア自身が厳しく育ててきた息子でした。

観客は早くも、父親の思い込みと現実とのずれを見ることになります。

寛大な父に育てられた息子にも秘密がある

けれども、話はそれだけでは終わりません。

今度は、ミキオに育てられた息子にも重大な秘密があることがわかります。

彼には深く愛する女性がおり、その女性はすでに彼の子を身ごもっていました。結婚を約束してはいるものの、そのことを父に打ち明ける勇気がありません。

しかも先ほどの遊女をめぐる事件によって、

「彼は婚約者を捨て、別の女を囲っている」

という誤解まで生まれてしまいます。

婚約者の家族は失望し、デメアの怒りもますます激しくなります。

しかし、これも真実ではありません。

テレンティウスは、登場人物たちが知っていることと、観客が知っていることとのずれを巧みに利用しながら、物語を進めていきます。

噂を信じる父と、事情を知る父

この劇で興味深いのは、二人の父親が置かれている立場の違いです。

デメアには事件の真相が十分に知らされません。そのため、耳に入ってくる噂をもとに怒り、批判し、判断します。

観客には事情がわかっていますから、彼が憤慨すればするほど、その姿にはどこか滑稽さも感じられます。

一方、ミキオは、息子たちの事情を少しずつ知っていく立場にあります。

とりわけ、結婚問題を抱えた養子との場面は重要です。

追いつめられた息子は、ついに涙ながらに真実を打ち明けます。その涙から、彼が相手の女性を本当に愛していることが父にも伝わります。

この場面では、父と息子の間に、それまでとは違った心の交流が生まれます。

ここまで読めば、観客は自然に「やはり寛大なミキオの教育のほうがうまくいっているのではないか」と感じるでしょう。

ところが、テレンティウスはそこで終わらせません。

突然変わるデメア

劇の終盤で、デメアはそれまでの自分の生き方を振り返ります。

弟ミキオは皆から好かれている。一方、自分は何かにつけて煙たがられている。

そこで彼は考えます。

「なるほど。愛想よく振る舞い、相手の望みを聞いてやれば、人から好かれるというわけか」

そして、それまでとは正反対の行動を始めます。

辛い目に会うのはいつもこのわしで、いい目をするのは、いつもあいつだ。
よし、わかったぞ。これからは正反対のことをしてやるぞ。
人に愛想よく話したり、親切にしたりするのは、今度はわしの番だ。

ところが、その「寛大さ」は次第に極端になっていきます。

ミキオの奴隷を勝手に解放し、隣家との壁を壊すよう命じ、さらにはミキオ自身に結婚を迫り、その財産まで他人に譲らせようとします。

しかも費用を負担するのは、すべてミキオです。

デメアは、弟の財産を使って「気前のよい人」を演じ始めるわけです。

立場が逆転する

こうなると、今まで何事にも寛大だったミキオも、さすがに黙ってはいられません。

「それは困る」

「そこまでは認められない」

と言わざるを得なくなります。

いつの間にか、二人の立場が逆転しています。

これまで「厳格な父」だったデメアが寛大な役を演じ、「寛大な父」だったミキオが財産を守るために制限を設ける側に回ります。

デメアは、弟のやり方をいわば極端な形で再現し、その弱点を見せようとしているようにも見えます。

そしてミキオに、次のような趣旨のことを語ります。

二人の息子がおまえを人当たりのよい気さくな男と思っているとしても、
それは立派な人格だけから生まれたものではない。
何でも言うことを聞き、欲しがるものを与えてきた結果でもあるのだ。

ここで、それまで観客が好意的に見てきたミキオの教育にも、少し別の角度から光が当てられます。

「厳格か寛容か」だけではない

では、テレンティウスは、

「厳格な教育と寛大な教育のどちらが正しいのか」

という問いに、はっきりした答えを出しているのでしょうか。

作品を読むかぎり、どちらか一方を正解として示しているようには思えません。

デメアは、自分の厳格さが行き過ぎていたことに気づきます。

一方のミキオも、自分が寛大でいられた背景には、豊かな財産や生活上の余裕があったことを思い知らされます。

二人とも、自分のやり方だけを絶対視することができなくなるのです。

そこに、この喜劇の面白さがあります。

教育方針よりも大切なもの

ミキオと息子の関係をもう一度振り返ってみると、二人の心が本当に通じ合ったのは、ミキオが何でも許したからではありません。

息子に対して、

「おまえは本当はどうしたいのか」

と問いかけたからです。

その問いかけの中で、息子はとうとう涙を流し、自分の本当の気持ちを父に語りました。

一方、デメアも最後には息子たちに、次のような趣旨の言葉を語ります。

今までのわしのやり方が気に入らなかったとしても、それはおまえたちの機嫌を取るつもりがなかったからだ。
これからは好きなようにすればよい。
だが、若さゆえに物事が見えなくなったとき、欲望に負けそうになったとき、
わしに叱ってほしい、正してほしい、力になってほしいと思うなら、
そのときにはいつでも力になろう。

ここに見えるのは、単なる「頑固親父」の姿ではありません。

自分の考えを子どもに押しつけるのでもなく、かといって何もかも好きにさせるのでもない。

必要なときには助言し、支え、ときには叱る。

父親としての立ち位置を、デメアなりに考え直した言葉として読むこともできるでしょう。

二千年以上前の「教育論」

『兄弟』が扱っているのは、

「厳しく育てるべきか、自由に育てるべきか」

という単純な二者択一だけではないように思います。

親が自分の教育理念に子どもを当てはめるのではなく、一人の人間として、その子が何を考え、何を望んでいるのかに耳を傾けること。

作品は、むしろそうした問題を私たちに考えさせます。

教育において「厳しさ」と「寛容さ」のどちらが大切なのか。

もちろん、それも大切な問いです。ただ、その二つを比べるだけでは見えてこないものもあるのでしょう。

二千年以上前の喜劇でありながら、『兄弟』を読んでいると、現代の家庭や学校について語られているように感じる瞬間があります。

そこに、この作品を今読む面白さがあるように思います。

テレンティウスと『兄弟』

『兄弟』は紀元前160年に上演されました。

前口上によれば、ギリシアの喜劇作家メナンドロスの作品を基本としながら、ディピロスの別作品の一場面を取り入れて作られています。

したがって、単なる翻案というより、既存のギリシア喜劇を材料として、テレンティウス自身が新たな劇を組み立てた作品と見ることもできます。

『兄弟』をテレンティウスの最高傑作と評価する研究者がいる一方で、終盤のデメアの豹変については、唐突すぎるという批判もあります。

たしかに、初めて読むと、この変化には驚かされます。

しかし、この終盤を単なる「頑固親父の仕返し」と見るのではなく、厳格さと寛大さの双方を少し距離を置いて見直す仕掛けとして読むなら、作品全体の構成はまた違って見えてきます。

なお、メナンドロスの原作『兄弟』はごくわずかな断片しか残っていないため、テレンティウスが原作をどこまで改変したのかを正確に知ることはできません。

後世では、モリエールの『亭主学校』(1661年)も、この作品から影響を受けたとされています。

見出し画像(一部トリミング):Térence des ducs: Scène des Adelphes, acte I, scène 1, Master of Adelphes, c. 1411, Bibliothèque de l’Arsenal, via Wikimedia Commons, Public Domain.


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