せっかく教材を作ったのに、フリートークばかり頼まれるーープロフィールの印象が呼ぶ相手
今日はこれをやろうと週末に教材を作っておいたのに、話しているうちに雑談で終わる。
楽しく続けたいのに、試験対策の相談ばかり来てプレッシャーを感じる。
オンライン日本語講師をしていると そういうずれが起きることがあります。

生徒さんをこちらで選んでいるつもりはなくても、書いてあるものが選んでいる場合があります。
まず、2枚の紙を見てもらうところから始めます。
このエントリーシート、どちらと過ごすほうが楽ですか
架空の学生2人のエントリーシートを用意しました。
どちらも日本語教育を学んでいます。
AIで作ったもので、実在の人物ではありません。

佐伯真紀さんは、2年間かけて敬語の使用実態を1万件のデータから分析し、学会でポスター発表をしています。
自己PRには、正確さと根拠を大切にしたい、派手さはなくても確実な一歩を積み重ねたい、とあります。
小松萌花さんは、100名の日本語交流サークルを代表として率いました。
文化祭で留学生と日本人がペアになって日本語劇を完成させた瞬間、涙が止まらなかったと書いています。
自己PRには、教室の空気を明るくしたい、field tripやcooking eventを企画するのが好きだ、とあります。
一緒に過ごすなら、どちらの人ですか。
採用の話ではありません。
同僚として隣にいたとき、自分にとって楽なのはどちらかという話です。
決めてから、先へ読み進めてください。
選んだ理由は、あとであなたのプロフィールに返ってきます。
私たちは、何を見て人の印象を決めているか
社会心理学に、印象の作られ方をまとめたモデルがあります。
2002年に心理学の専門誌に出たもので、人の印象は2つの軸で形づくられるとされています。
あたたかさ(warmth)
信頼できるか、親しみやすいか。
相手が自分に何をするつもりかを見る軸有能さ(competence)
できるか、言い切れるか。
そのつもりを実行できるかを見る軸
この2軸は、調査でも、文化を変えても、実験室でも、体の反応を測っても、同じように出てきます。
23の社会集団を対象にした比較でも確かめられています。
佐伯さんは有能さの側、小松さんはあたたかさの側です。
どちらが上ということはありません。
片方が高いともう片方が低い、という関係ではありません。
ただ、書いたものは必ずどちらかに寄ります。
お店の入り口を思い浮かべてください。
落ち着いた照明で静かな店と、明るくてにぎやかな店。
どちらも良い店です。
前を通った人が入るかどうかは、入り口で決まります。
プロフィールも同じで、トライアルにつながるかどうかは、書いてあるもので決まります。

では、寄せ方が変わると何が変わるのか。
求人広告の研究で、分かっていること
ここには、直接の証拠があります。
2010年に出た研究では、広告の言葉づかいが、どういう人が応募してくるかに影響することが示されました。
誠実さを前に出した言葉づかいは、誠実な応募者を集めています。
2026年に行政学の専門誌に出た研究は、実際の求人広告1,859件を分析したものです。
女性的な言葉づかいほど、女性からの応募が多くなっていました。
実際の広告56件の文言を書き換えた実地実験もあります。
991人の応募者を集めて、文言を変えると応募の数も内容も変わることを確かめています。
仕組みには名前が付いていて、1987年に出たASAモデルと呼ばれます。
「魅力(Attraction)- 選択(Selection)- Attrition(解雇・離脱)」
この3つの頭文字です。
似た人を引き寄せ、似た人を選び、合わない人は離れていく。
⚠️ ひとつ断っておきます。
これは求人広告と応募者の研究であって、講師のプロフィールと生徒さんを調べたものではありません。
ただ、書いてあるものを読んで、自分に合うかどうかを決めて申し込む、という流れは同じです。
その寄せ方で、どんな生徒さんが入ってくるのか。
📋 どちらの印象に、どんな生徒さんが集まるか
有能さの側に集まりやすいのは、この5つです。
文法を理論的、体系的に学びたい生徒さん
試験に向けて、計画を立てて進めたい生徒さん
なぜそうなるのかまで知りたい生徒さん
仕事で使う日本語を身につけたい生徒さん
宿題やフィードバックをしっかり受け取りたい生徒さん
あたたかさの側に集まりやすいのは、この5つです。
会話を楽しみたい生徒さん
安心して話せる場を先に求める生徒さん
日本の文化や人に関心がある生徒さん
続けることを優先したい生徒さん
講師との関係を大事にしたい生徒さん
並べてみると、求めているものが違うだけだと分かります。
どちらが熱心か、という話ではありません。
ここまでは、入ってきてくれた生徒さんの話です。
前を通って、入らなかった人のこと
集まりやすい生徒さんがいるなら、入らずに通り過ぎる人もいます。
有能さに寄せた場合。
難しそう、厳しそう、楽しめなさそう、と感じる人には選ばれにくくなります。
最初の一歩に緊張している人ほど、そう見えます。
静かな店の前を、気楽に過ごしたい人が通り過ぎていきます。
あたたかさに寄せた場合。
楽しそうだけれど、ちゃんと教えてもらえるのか。
そう感じる人には選ばれにくくなります。
試験の期日が決まっている人ほど、そう見えます。
にぎやかな店の前を、集中したい人が通り過ぎていきます。
どちらに寄せても、通り過ぎる人が出ます。
寄せないという選択肢はありません。
書けば必ずどちらかに寄るからです。

では、どちらに寄せるか。
選べる立場にいる、ということ
日本語学校で教える場合、担当するクラスは割り当てられます。
オンラインは違います。
誰に向けて書くかを、自分で決められる。
そこがこの仕事の自由なところです。
そして自由というのは、自分で選べるということです。
選べるなら、結果も自分に返ってきます。
サルトルは、人間は自由の刑に処されている、と説きました。
選ばないことも一つの選択で、その結果まで引き受けることになる。
カントの言い方をすれば、本当の自由は衝動のままに動くことではなく、自分で決めた規則に従うことです。
決めないままにしておいても、書いたものはどちらかに寄ります。
決めなかったという選択をしたことになって、結果は予約表に出ます。
決める基準は、一つだけです。
✏️ 入り口に、一言だけ足す
自分がそのまま出せるほうを、主軸にします。
合わないほうを主軸にすると、レッスンで無理が出るからです。
そのうえで、もう片方の要素を少しだけ入れます。
正確さや理屈を主軸にする場合。
分かった瞬間の生徒さんの顔が好きだ、一緒に進めるのが楽しい、といった一言を足します。
厳しそうという見え方が、少し和らぎます。
楽しさや会話を主軸にする場合。
文法も丁寧に説明する、試験にも対応できる、といった一言を足します。
ちゃんと教えてもらえるのか、という不安が減ります。
足すのは一言で足ります。
入り口の様子は変えずに、扉の横に小さな札を1枚出すくらいの分量です。
主軸を薄めるほど入れると、今度はどちらでもない店になります。
冒頭のエントリーシートで、一緒に過ごすなら楽だと思ったほうが、あなたの主軸に近いはずです。
そこを消さずに、もう片方を一言だけ足す。
