[📕配布あり]ウイルスは「いる」? 「ある」?——正解がひとつじゃない日本語の話
昨日のレッスンは、サウジアラビアの生徒さんと「あります・います」でした。
日本語を学んでいる人にはおなじみの、あのパートです。
私はいつも、こんなふうに説明しています。
「います」は、人や動物みたいに、自分で動く生きもの。
「あります」は、物や時間みたいに、自分では動けないもの。
うんうん、いい感じ。
じゃあ練習してみましょう
——と、公園の池の絵を見せたんです。
すると生徒さんが、泳いでいる魚を指さして「魚が、あります」。
おしい!
魚は自分で動くから、「魚が、います」ですね。
そう教えたら、生徒さんがちょっと考えて、こう聞いてきました。
「じゃあ……食べ物の魚は、どうですか?」

……え。
一瞬、固まりました。
だって、考えたこともなかったんです。
でも、たしかに。
お皿にのった魚は、もう泳がない。動かない。
「食べ物の魚は、動けないから……『あります』ですね」
そう答えながら、内心で「うわ、いい質問だなあ」と、ちょっと感動していました。
母語話者の私は、"魚"をそんなふうに分けて考えたことがなかった。
生きている魚と、食べ物の魚。
同じ「魚」でも、日本語では扱いが変わる。
言われて初めて、その線に気づかされました。
しかも、これで終わりじゃなかったんです。
「バクテリアや、ウイルスは?」
……この生徒さんめっちゃ面白い(笑)。
これが、けっこう悩ましいんです。
正直、バクテリアやウイルスに"命"があるのかどうか、私にはわかりません。
でも、日本語の「いる・ある」を分けているのは、たぶん生物学的な命じゃないんですよね。
その人が、それを「自分で動く生きもの」として感じているかどうか。
そこで線が引かれているんだと思います。
そう考えると、この2つは、実は分かれるんです。
バクテリアは、自分で動いて、栄養をとって、増えていく。
なんとなく"生きもの"という感じがする。
だから「バクテリアが、います」。
でもウイルスは、ちょっと悩みました。
自分では動けないし、ほかの細胞に入り込まないと増えることもできない。
どこか"物"に近い。
だから「ウイルスが、あります」とも言える。
……でも、考えてみると「体の中にウイルスがいる」って、私たちふつうに言いますよね。
つまりウイルスは、「います」と「あります」、どっちも使われるんです。

ここが、おもしろいところだと思うんです。
同じものでも、それを"自分で動く生きもの"として見れば「います」になるし、"物"として見れば「あります」になる。
だから、ウイルスみたいに見方が分かれるものは、言い方も揺れる。
命があるかどうか、というより、その人がどう捉えているか——そこで線が引かれているんですよね。
生徒さんの質問のおかげで、それがくっきり見えました。
私たちが普段、なんとなく感覚で使い分けているものを、生徒さんは、まっすぐな目で「これはどっち?」と聞いてくる。
そのたびに、自分でも気づいていなかった日本語のルールが、輪郭を持って見えてくる。
生徒さんの視点って、いつも本当におもしろい。
教えているつもりで、いちばん学ばされているのは、こっちなのかもしれません。
ちなみに、この日のやりとりがおもしろかったので、「あります・います」の文法説明スライドに、この視点を書き足しました。
せっかくなので、そのスライドを、この記事を読んでくださっている先生方にプレゼントします。
よかったら、ご自身のレッスンで使ってください。
「生きている魚」「食べ物の魚」「バクテリア」
——生徒さんが迷いやすいところを、絵で説明できるようにしてあります。
(※ダウンロードはこちら)
同じように、生徒さんの一言に「うわ、その角度!」と驚かされたこと、みなさんにもありませんか?
