正しさとは。世の中とは。
今日は、頭の中のトルクがよく回る日なので
深く物事を考えてみる。
世の中、不条理なことが沢山あって
職場でも頻繁にそれは勃発する。
特に上司の意味不明なエコ贔屓とか。
明らかに自分よりできないヤツの方が評価される。
上司に気に入られるのが上手いやつっているよね。
そういうの。
そいつがなんか勘違いして
調子乗り出してる気がする。
なんか、嫌な感じ。
上司がわかってない。
自分のことカリスマとか言ってるけど
確実に仕事してるのはどっちなのか見えてない。
自分が"見たい"情報しかみない。
あとは、自分にとって都合のよい解釈をして
自分の好きなヤツをエコ贔屓して
自分の気に入らないヤツに明らかに仕事を教えない。
そんなクソみたいな上司。
そんな上司にも、
敬語使って敬わないといけない?
それが社会なのか。正しさなのか。
だとしたら、
私は会社に属するのが向いてない。
上司を選べないから。
尊敬できないやつが上司だと
本当に無理。
全身で無理。
上司の人間性を受け流せない。
既に体調に支障をきたし始めてる。
休みの日には原因不明の熱が出て、
仕事中は吐き気に襲われ。
今のまま、限界を迎えたら
会社は上司の無能さを理解できるのか。
会社は、体調を崩した私の責任をとれるのか。
どっちにしろ
私に利益は一切ない。
上司はあたしを怒らせた。
他人の意見とか、
その職場での常識って
とんでもない磁力がある。
その狂った常識に囚われている。
その常識の中に囚われる必要なんて
チリ一つもないんだ。
私は私の思う考え方で動く。
自分がやっていることが評価されないのは
とても虚しい。
やっぱり上司は人のモチベーションを下げるプロだ。
嫌な上司が評価するのは
これまた嫌な奴ってこと。
正しさって、
人によって変わる。
真実が正しいかどうかは、
違うんだ。
真実は一つだけど、正しさは、正義は、
ひとつじゃない。
誰だって正しくない。
自分の主観の中で生きてる。
正しさと、正しさはぶつかってしまう。
思いやりが世界を救うって思ってる。
正しさを盾に間違いを攻撃することではない。
だからこそ、
私は私の思う正しさが正しいとも思わないけど、
自分の考えを大事にしようと思う。
自分軸で生きていけるように。
他人の批判をするより
その方が精神衛生上いいハズだ。
どうせどう足掻いたって
クソな上司はクソだし、
他責のヤツは他責のままだし。
口の上手いやつ、
自己アピールが上手い奴が評価されるなら
それまで。
本質にいつか気づくでしょう。
そんな、職場の嫌な磁力に引っ張られて
すごい嫌な時間過ごしてた。
気にしてなんかいられない。
やりたいことに精一杯にしたい。
なんか無駄な時間過ごしてたかも。
気にする必要ないじゃん。
上司がそうなら、
内心怒りながら
演技すればいいじゃん。
尊敬してるフリ。
上司と戦うことは、
あたしの望むことじゃない。
大事なのは、内心。
あとは、そんなつまらないことに引っ張られない心。
自分の向きたい方向。
それだけだった。
この湧き上がる怒りを内心抱えながら
笑顔で過ごせばいいじゃん。
自分がどう思うかと、
自分をどう表現するかは
切り分けて考える。
自分で明確に定めておく。
境界線を。
社会生活を送る上で重要かもしれない。
てか、うまいやつはそうやってるのか。
今気づいた。
気づいたはいいけど苦手だなぁ。そういうの。
ということは努力してもそれほど結果出ないわりに疲れそう。
上司の嫌なところ
・自分の聞きたいやつの意見しか聞かない。
・自分のプライドが何よりも最優先事項で、
誰かのせいに簡単にするし
顧客に不誠実なことも平気でする。
・気に入らない奴には
最もらしいことをいいながら排除したがる。
(それこそ正論で。自分のことは棚に上げながら)
疲れてると、
自分と他人の境界線がわからなくなる。
分からなくなった時用のおまじない考えておこう。
よし。
ケセランパセラン
にしよう。
自分軸で考えるおまじない。
私の弱点
・少しのミスも引きずってしまう。
・自分への期待値が高い分、
できない自分に対して責めがち。自責思考。
向こうはそれをわかって
攻撃してくる。
自分を愛して、
自分のやりたいことやろう。
こんな時こそ、踏ん張り時。
逆風の中、
私は、私の向かいたい方向に進む訓練をしているんだ。
ケセランパセラン。
未来は輝いてる。
