熱帯夜の月 ザリガニ 狼 塔 【熱帯夜】#シロクマ文芸部
それは不安の象徴と言われるものだった。少なくとも私はそう理解している。ザリガニ、狼、塔。タロットカードの月。
私は寝苦しさを覚え、目を覚ました。特に悪夢を見たわけではない。ただ、暑くて喉がカラカラに乾いていた。
一人暮らしの狭いキッチンに立つ。蛇口からコップに水を注ぎ、飲み干す。それだけで、身体中の熱が下がっていくような気がした。
時計を見ると、夜中の3時過ぎ。いわゆる丑三つ時は過ぎている。
大きくため息をつくと、寝直すべくベッドに向かった。
しかし。
ワンルームのベッドのそばの棚に置いてあるタロットカード。それが目に入った。私は占いは出来ない。ただインテリアに使えないかと思ってインターネットで購入したまま忘れていたものだった。
購入した当初、全部のカードに目を通したことは覚えている。インテリアにふさわしい絵柄を探すためだった。しかし、どのカードにも意味があることを思い出し、意味として何か気分にそぐわないカードを飾るのもどうかと思い、カードを箱に戻して棚に置いたのだ。
気まぐれにタロットカードを箱から取り出し、トランプを切るようにシャッフルしてみる。以前、タロットカードを見た時は順番に繰って行ったため、元々の順番通りになっているからだ。よく混ぜるには何回くらいシャッフルすればいいのか見当もつかない。
手がだるくなり始めた頃、眠気もすっかり醒めてしまった。
私はカードの一番上をめくる。
現れたのは、月のカードだった。
横顔の月がペールブルーの空に浮かび、その下で二つの塔に囲まれた狼二匹が吠えあっている。間の道を、手前の池から顔を出したザリガニが展望している。進むべきか、進まざるべきか。
なんだか不吉そうなカードを引いてしまった。咄嗟に思ったのはそれだった。背中を汗が伝う。室温が高い。私は右手に月のカードを持ったまま
、左手でリモコンを持ち、エアコンの温度を下げた。
「ふん」
鼻を鳴らして、PCで月のカードの意味を検索する。
曰く、不安・曖昧さ・心配事。見た時のイメージそのままの意味だった。
昼間の出来事を思い出す。
私は些細なミスをした。少なくとも、私には些細と思えるものだった。
気づいてすぐに謝罪し、修正して提出し直した。締め切りには間に合っていた。
上司は軽く眉を顰め、「気をつけるように」と言った。確かに、二度手間をかけて上司の時間を無駄にしたのだから、咎められるのは仕方がない。
問題があるとすれば、私がその上司に淡い恋心のようなものを抱えていることだった。
軽くしかめられた眉、注意するその語調、私を見ない目。
そのどれもが、私という存在を彼自身に刻むことを拒否しているように思えた。
上司であり、部下である。
それ以上の関係など、望むべくもない。
私はしんとした気持ちを抱えたまま、ベッドに戻った。
夏布団を被る。朝が来て、出社して、上司と顔を合わせて。
また彼の視界に入らない一日が始まる。狼の間を進まなければならないザリガニのように心は不安だ。もちろん、進まずに池に戻る選択だって出来るだろう。
淡い月明かりに照らされて、私は眠る。夢の中に答えを求めるように。
小牧幸助さまの企画に参加いたしました。
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