見出し画像

AIクリエイターをやっていて「これは人間にしかできない」と思った瞬間sunoAI/KlingAI/Midjourney/imageFX/ChatGPT/Gemini/生成AI/AI副業/Nanobanana/Sora2

まいどっ!!にこひゅるです!

今日はちょっといつもと毛色の違う話をします。

「AIで全部できるなら、人間いらなくない?」

これ、AIクリエイターをやってると一度は自分に投げかける問いやと思うんですよ。私も投げかけました。深夜に一人でぼーっと考えて、答えが出なくて、なんか怖くなった夜がありました。今日はその話を全部します。

 

AIにできること、全部やらせてみた

正直に言うと、私がやってることのほとんどはAIにできます。

曲はsunoが作る。画像はMidjourneyが作る。動画はKling AIが作る。ハッシュタグもプロンプトも、ぜんぶAIに投げれば形になる。

 

じゃあにこひゅるは何をやってるんやと言われたら、「AIに指示を出している」んですよね。プロデューサーみたいな役割。でもそのプロデューサーの仕事も、突き詰めたら別のAIに任せられるんじゃないかという気がしてくる。

実際に試してみたことがあります。曲のテーマ設定から始まって、タイトル、プロンプト、投稿文、ハッシュタグまで、全部AIに考えさせて、私はただ承認ボタンを押すだけ、という運用。

結果は、一応形になりました。曲もできた。投稿もできた。数字もそこそこ出た。

でも何か違った。

 

最初の「あ、これは無理だ」という瞬間

その1週間で作った曲を自分で聴いたとき、なんか他人の部屋に入ったみたいな感じがしたんですよ。

きれいに整ってる。でも自分の匂いがしない。

 

自分の理想の曲って、作るときに必ず「この感情を音にしたい」という出発点があるんですよね。別にドラマチックな話じゃなくて、「今日なんか疲れたな」とか「あの人のことをふと思い出した」とか、そういうしょうもない日常の感情。それをsunoに投げるとき、プロンプトに感情を乗せてる。「疲れたけど諦めてない感じ」「懐かしいのに前を向いてる感じ」みたいな、言語化するのが難しいやつを必死に言葉にして投げてる。

 

AIだけに任せたときは、その出発点がなかった。効率よく「それっぽい曲」が量産されたけど、私がなぜその曲を作ったのかという理由が存在しなかった。この「理由がない」という感覚、思ったより気持ち悪かったです。数字は出てるのに、なんか虚しい。達成感がゼロ。投稿しても「まあそうやな」としか思えない。

これが最初の「あ、これは無理だ」でした。

人間にしかできないと気づいた3つのこと

その体験から、自分なりに整理した「人間にしかできないこと」が3つあります。

 

その1:なぜ作るかという動機

AIは「何を作るか」を決められる。でも「なぜ作るか」は決められない。

動機って、生きてきた文脈から生まれるものなんですよ。悔しかった経験、誰かに言えなかった感情、ずっと抱えてきたコンプレックス。そういう人間としての積み重ねが「この曲を作りたい」という衝動になる。

 

私がNicoReoを始めた理由も、突き詰めると「本業だけの自分がしんどかった」という感情が出発点です。音楽で稼ぎたいというより先に、自分が作ったものが誰かに届いてほしかった。その感情が今でもエンジンになってる。

AIにその積み重ねはない。だから動機を持てない。動機がないから、作り続ける理由も持てない。

 

その2:失敗したときの感情の意味

曲が全然再生されなかったとき、私は落ち込みます。

これ、AIは落ち込まない。ただデータとして処理される。

でもこの落ち込みが大事で、「なんでダメだったんやろ」って悔しくて考えるから、次の曲に活かせる。感情が学習のエンジンになってる。

 

AIの学習とは全然違う種類の「学習」が、失敗の感情の中にある。悔しさから生まれた試行錯誤は、データから導き出した最適解とは質が違う。

どこが違うかと言われると説明が難しいんですけど、その悔しさで作った曲のほうが、リスナーさんに刺さることが多い気がしてます。

感情の密度みたいなものが乗るんやと思ってます。

 

もう一つ言うと、失敗して落ち込んで、それでも続けるという行為自体が、コンテンツになるんですよね。

「うまくいかなかった話」を正直に書くから読者さんが共感してくれる。AIは失敗を恥ずかしいと思わないし、悔しいとも思わない。だから失敗談を語れない。

その3:ファンとの関係性の温度感

リスナーさんからコメントをもらったとき、「この人に届いたんだ」という感覚があります。

AIはそれを感じない。でも私は感じる。

そしてその感覚が、次も作り続ける理由になってる。

 

ファンとの関係性って、データのやり取りじゃなくて感情のやり取りなんですよ。そこに温度が生まれるのは、受け取る側に人間がいて、発信する側にも人間がいるからだと思う。

 

NicoReoのメンバーシップに入ってくれてる方が、

「にこひゅるの記事読んで勇気もらいました」

って書いてくれたことがあって。

そのコメントを見たとき、正直泣きそうになりました。AIがどんなに精度の高いコンテンツを作っても、そのコメントを受け取ったときの感情は再現できない。その感情があるから、またその人のために書こうと思える。この循環は、人間同士にしか起きないと思ってます。

 

AIと人間の「分業」が正解だと思う理由

「AIvs人間」という対立構造で考えてたときは、なんか怖かったんですよね。AIが進化するほど自分の居場所が減っていく気がして。

でもそれって、ハンマーと大工を対立させてるようなもので、根本的に考え方がズレてたと今は思ってます。

 

AIは道具です。めちゃくちゃ賢くて、めちゃくちゃ速い道具。でも道具は「何のために使うか」を自分で決められない。それを決めるのが人間の仕事。

sunoに「エモい曲を作って」と投げるとき、その「エモい」の中身を定義してるのは私です。Midjourneyに「NicoReoらしい画像を作って」と投げるとき、「NicoReoらしさ」を知ってるのは私だけです。

その定義の精度が上がるほど、アウトプットの質が上がる。

 

逆に言うと、AIが精度よく動けば動くほど、その精度を活かすための「人間側の解像度」が問われるようになってくる。自分が何を作りたいのか、何を伝えたいのか、誰に届けたいのかを明確に持ってる人間ほど、AIをうまく使える。

 

これって、AIが普及する前の時代とは逆なんですよね。以前は「技術を持ってる人」が強かった。でもAIが技術の平準化を一気に進めた結果、今は「何をしたいかを持ってる人」が強くなってる。方向性を持ってる人間がAIを使うと、かけ算で強くなる。方向性がない人間がAIを使っても、ゼロのかけ算のままです。

 

結論:AIを使いこなすほど、人間らしさが問われる

AIクリエイターをやって気づいたのは、AIが進化するほど

「あなたは何者ですか」

という問いが鋭くなるということです。

ツールが誰でも使えるようになるほど、差がつくのはツールの使い方じゃなくて、ツールを使う人間の中身になってくる。

 

どんな感情を持っているか。何に怒って、何に泣いて、何のために作るのか。それが曲に乗る。画像に滲む。文章に出る。

 

AIにできないのは、人間であることそのものです。だからAIクリエイターを名乗るなら、もっと人間らしくあることが武器になると思ってます。

感情を持つこと、失敗して悔しがること、誰かに届いたときに嬉しくなること。そういう「めんどくさい人間の部分」を大事にしてる人が、これからのAI時代に一番強いクリエイターになるんじゃないかと、にこひゅるは思ってます。

今日の話が、何かのヒントになったらうれしいです。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

引き続き「継続」頑張りましょう。

少しでも参考になったなと思ったら「スキ」いただけると嬉しいです。
応援の「スキ」&「フォロー」も大歓迎です。よろしくお願いします。
みんなでAI頑張っていきましょう!!
では次回のnoteで!

いいなと思ったら応援しよう!

にこひゅる【AI音楽アーティスト運用】 よろしければ応援おねがいします!