私と犬、においをスン
匂いは、記憶の入口であり、愛の残り香である。
におう
犬と暮らしていると、「匂い」というものが、生活の中心にあることに気づく。
ソファの隅、毛布の上、食器のまわり――どこもかしこも、うっすらと犬の気配が残っている。
それは強烈な臭気というよりも、「この家には命がいる」という印のようなものだ。
帰宅してドアを開けた瞬間、鼻先に漂うその匂いに、私はほっとする。
洗剤でも消臭スプレーでも再現できない、生きものの温度。
彼女がいないときの部屋は、どんなに片づいていても、なぜか空虚に感じる。
――匂いがない家とは、息をしていない家なのだ。
犬の鼻、人の鼻
犬にとって、世界は匂いでできている。
散歩に出ると、彼女は足元の草むらを延々と嗅ぎつづける。
私にはただの“道端”だが、彼女にとっては“SNS”なのだろう。
そこには近所の犬たちの足跡、猫の通った匂い、昨日の雨の記録がすべて載っている。
一秒ごとに世界が更新されているように見える。
ときどき私は、そんな彼女を眺めながら思う。
嗅覚の優劣はあれど、人間だって「匂い」で生きているのではないかと。
好きな人の残り香、雨上がりのアスファルト、夏の部屋のカーテン――
それらの匂いは、時間を一瞬で巻き戻す。
犬が鼻で現在を読み取るように、人間は匂いで過去を思い出す。
嗅ぐという行為は、記憶の扉をそっと押す指のようなものだ。
愛、残り香
夜、犬が眠っているとき、私はときどきその背中に顔をうずめる。
ほんの少し湿った毛と、日なたの名残。
そこに混ざる、微かな「犬くささ」。
それをスンっと吸い込みながら、私は不思議な幸福を感じる。
きっと、犬の匂いとは、愛の物理的なかたちなのだ。
目には見えず、手にも掴めず、けれど確かにそこに在る。
明日になればまた少し違う匂いになり、
いずれその匂いも、思い出の中で薄れていくのだろう。
だがその瞬間、私は確かに、彼女と同じ空気を吸っていた。
それだけで、十分だと思う。
