学校の壁を越えると、何かが変わった音がした
一つの高校で、8つのゼミで、伴走してきた。
2025年、初めて「複数の学校の生徒が同じ場に集まる」機会が生まれた。多摩市内の2つの私立高校の生徒たちが、同じテーマに向き合った日のことを書きたい。
「公共施設のあり方」を、一緒に考えた
テーマは、多摩市の公共施設のアイデアを考えること。聖ケ丘高校と大妻多摩高校、ふだんは接点のない生徒たちが、多摩市立中央図書館の一室に集まった。
ホワイトボードには、次々とアイデアが書き出されていった。
「自分の第三の居場所」「老若男女誰でも集まれる3か所」「趣味の共有点」「部活の自主練」「エリア別にコンセプト設定」「オープンエリアに世界最大級の遊具」……
別々の学校で、別々の先生に、別々の探究を積んできた生徒たちが、初めて「同じ問い」に向き合った場面だった。
横を見て、素直になる
一校でやっていたときと、明らかに違うことがあった。
大人への反応が、素直になるのだ。
自分の学校の先生だけではない。知っている同級生だけでもない。「別の学校の人たちも頑張っている」という空気が生まれると、生徒は不思議と肩の力が抜ける。ほめ合い、励まし合い、互いのアイデアに「それいい!」と反応する。
校内の探究では出てこない、伸びやかさがあった。
地位課題解決コンテストへ
この活動の延長線上で、生徒たちは東京大学が主催する課題解決コンテスト「COG2025」に応募した。
https://park.itc.u-tokyo.ac.jp/padit/cog2025/
結果、セミファイナリストになった。
発表練習のために、多摩市役所にも来た。会議室で、担当者を相手に練習する高校生たちの姿は、今でもよく覚えている。本番を前にした緊張と、それでも真剣に伝えようとする姿。
「締め切りがある」「目標がある」「話し相手がいる」
この三つが揃ったとき、高校生は本当に動くことを目撃した。探究学習に必要なのは、実はこれなのかもしれない、と思った。
若者の頑張りが、束になって見えるとき
複数校が集まる場には、もう一つの効果がある。
大人が刺激を受けやすくなるのだ。
一人の生徒が頑張っている姿は、「うちの子も頑張っているな」で終わりがちだ。でも、違う学校の、年齢も背景も違う若者たちが、同じ問いに向かっている姿は、大人の目にはまったく違って映る。
「若者たちがこれだけ動いているのに」という気持ちが生まれる。地域の大人も、自然と背筋が伸びる。
「接点がなかったところ」がつながると
生徒同士もそうだが、学校同士もそうだ。
普段、私立高校どうしが「一緒に何かをする」機会はほとんどない。でも、地域という共通の土台があれば、それは可能になる。
学校の壁を越えたとき、生まれるものがある。
それは競争でもなく、狂騒でもない。
まず共有が生まれる。別々の学校で考えてきたアイデアが、同じ場に持ち寄られる。次に共感が生まれる。「それ、わかる」「それ、いい」という反応が、校内とは違う温度で広がる。そして共鳴が生まれる。互いの熱量が重なり、一人では出せなかった声が響き始める。
その先にあるのが、共創であり、協創だと思っている。
若者が束になり、大人が動き、まちが動く。探究学習が「学校の中で完結する活動」ではなくなる瞬間が、そこにある。
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ニシムラ/まちを学び場にしたい
地方創生や協創のまちづくりに関心あり。多摩市役所で12年間、ニュータウン再生や総合計画策定、官民連携の推進に従事。高校での探究学習支援も経験し、多様な主体が協働する仕組みづくりを得意とする。2026年に転職し、人や組織の挑戦が生まれる地域づくりに取り組んでいる。探究学習アドバイザー、講演活動なども。
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