鳥取に死す ~30歳の誕生日に寄せて
1995/5/15から数えて30年目の誕生日を迎えました。
95年物の独・吐く。
母親の言う事に従いながらその経済力に寄生して暮らす。
それがおれの30年だった。
あざなえる縄のごときその幸運と不幸が、わが家族の絆の正体だった。
それだけのことが、パートタイムに勤務して賃金を得るようになって三年が経つまで気が付かなかった。
なぜならば。
おれは家族に対する感謝を忘れ、自分の暮らしを拡張する道具にしか見えていなかったからだ。
おれは人でなしの化け物なんだ。
そういった自分の定義に自分で甘えていた。自分の罪を数えることをしなくなっていた。
悪いのは常に自分。
罰せられるべきはおれ。
そのマゾヒズムは、同時にナルシシズムでもあった。
おれのことをもっと知ってもらいたくて、
おれの感想にもっと共感してほしくて、
自分にできそうなことはなんでもやった気がする。
だけど、満足はできなかった。
そこには「見栄」を張った自分しかいなくて、生乾きの鍍金はすぐに剥がれて、何者でもない自分が露わになる。
そうして何事も成せないことをいつも自虐して、成長の滞りを引き寄せた。
〝終わりのないのが『終わり』〟。
おれは大山の樹海でさまようことを、喜んでいるのか。
だから大好きなフォロワーの吉報を見る目が、いつしか嫉妬に変わり憎しみへと転じてしまう『可能性』が、怖かった。
誰かの足を引っ張ることでしか生きていけない、まるで亡者のようなネットの住人になってしまいそうで。
人食いの虎になるということは、きっとそういうことなんだろう。
鳥取に死す
先に触れたように自分自身の強烈なナルシシズムが、パーソナルスペースへの他者の介在を遠ざけてきた。
おれが鳥取県に住んでいるから、インターネット文化においても「中央」である関東圏やその他都市部(都会)に暮らす人たちと話が合わず、密に交流できない────そうではないと思う。
地元のポップカルチャーイベント「米子映画事変」に一般参加しておいて、この十年余り、人見知りであり続けたこと。それが「人嫌い」の証拠だった。
おれは、怖い。
話さなければ無傷でいられたものが、話すことで傷がつく。
分かり合おうと近づくことで、視界が狭まり、もっとその人のホントウが分からなくなる。
だからおれは耳と目を閉じ、口をつぐんで孤独になろうとした。
だけど……おれが孤独であるわけがない。
家族と暮らしている。日本社会を支える社会人がいて、この目に見える範囲より外側にも世界が広がっている。
みんな地球の関係者
もしもおれがそれでも孤独だというのなら、そうした人類の営みを丸ごと無視したナルシシズムに酔っているだけだ。それも自分以外は人間ではないなどという、恐るべき傲慢と狂気そのものだ。
真から孤独でなければ、おれの抱く疎外感は、もっとも他者から愛されたい幼少期にクラスメイトの圧倒的多数から仲間外れにされた経験に基づく、アレルギー反応に過ぎない。
それが分かったからといって明日にでも陽気なキャラクターになれるわけではないが、昨今の創作物でも前向きに捉えられつつある「我がままに生きる」ということに、もう少し自信を持ってもいいんじゃないだろうか。
とは言ったものの、この「我がままに生き」ようとするおれの前に立ちはだかる最大の障壁が母親であり、彼女が「イヤだ」もしくは「わからない」と言ったものはことごとくおれの手の中からこぼれ落ちていく。
いい子にしていなければ実家にはいられない。
しかし親の顔ばかり伺っていては、自分のハンドルを自分で握れない。
それでもそうやって自分のこころを曲げて変なかたちに歪めてしまうくらいに、実家暮らしに甘えていて。
結局のところ、いい子の仮面を自分で外したくはないんだ。
お願い僕の仮面を剥ぎ取って
お願い僕の仮面を引きちぎって
未来へ……
さしあたり自分にできることは、働くことと蓄えを得ることしかない。
実生活を充実させたいがあまりにクレジットカードを濫用し、実際それほど満ち足りもしなかったモノで家を溢れさせてしまうこと自体が間違いだったとまでは言い切れないが、この先自分がどれほどの稼ぎであと何年・何十年暮らしていくのかが「わかってしまった」ので、せめて今の収入が見込めるうちは貯蓄をプラスプラスにしていくべきだった。
だった、というのは「そう思っていたけど、そう思っただけだった」という意味だ。
見栄を張ってネットで流行っているものをなんでも買える身分じゃない、と思い知るような日々を過ごしている。
おれは計算が苦手だし、明日死んでしまうかもしれないと思ったら今のうちにリソースを使い切ってしまおうと考えるタイプの馬鹿猿だ。今も分割払いの返済で足が出る。
今年の誕生日は社会人生活の一里塚で、通過点だからこの先どうなっていくのかはとどのつまり、今この瞬間瞬間に取ったおれの選択肢次第でしかない。
そうやってこの30年を生きてきた。
ただその日その日をやり過ごすように生きるようでは、次の30年もどこへも行けないだろう。
だけど、それで諦めがついたわけでもなく。
まだ何も始めてはいないし、終わらせてもいないのだ。
(終)
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