『相手の持ち物を返し、わたしの根を育てる』──長い闇をくぐり抜け、光の入口に立ったときのこと。
光の入り口に気づくまで
「お願い」という言葉の裏には、長いあいだ気づけなかった仕掛けがありました。
それは優しさを装った要求で、私の意思を
うやむやにしてしまうもの。
けれど、心の奥で「もう繰り返したくない」と声がしました。
その声に従い、私ははっきりと伝えました。
「これはお願いすることじゃない」 と。
それは小さな抵抗ではなく、
「自分の人生を生きる」と決めて根を下ろした瞬間でした。
鏡としての存在
苛立ちを物や態度で表す姿。
その場にいた子どもたちは、安心から一転して沈黙に包まれます。
そして落ち着いた夫が言った言葉。
「ぬくもりを感じられないとストレスになる」
その瞬間、私は悟りました。
私は“癒しの道具”ではない。
ひとりの人間として尊重される存在なのだ、と。
繰り返されてきた影
父も、初婚の夫も、今の夫も。
みな同じ影を抱えていました。
自分にも相手にも向き合わず、
責任を他者に預け、
「時間がなんとかしてくれる」と背を向ける姿。
私は何度もぶつかり、希望を語り、行動してきました。
けれどその願いは虚しく散り、また挑み直す日々。
そして悟ったのです。
「見ている方向が違うのだ」 と。
だから離れる選択をしました。
それでも似た関係を引き寄せたのは、私自身の内にまだ未消化の根があったから。
光の出口へ
正論を語ること。
それは正しさでありながら、どこか責める
響きとなって相手を縛ります。
正論が優位な人は、感情の扱いが苦手な不器用さを抱えている。
共感よりも論理を優先するからこそ、言葉が鋭く響くのです。
気に入らないことがあると、
「不愉快だ!好きにすればいい!オレはもう知らない!」と突き放す。
その瞬間、私は気づきました。
「そうだ、私はほんとうに、私の好きに生きていい」 と。
これは逃げではなく、見捨てでもない。
「相手の持ち物を返し、私の根を育てる」 という選択です。
私は子どもたちと共に、安心と尊重のある世界を育んでいきます。
その入口に、すでに立っている
──そう確信しています。
🪷 言霊
「わたしはもう、人の道具ではなく、光の存在として歩んでいく。」
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