古希なんだもの 第30回
十五 グループLINE クラス会への助走がはじまる
「ほな、クラス会決まりな。決行日は、そやなぁ、三月二十八日でどやろか」
淳が、銀行からもらったばかりの来年のカレンダーを見ながら一人で勝手なことを言っている。
千佳は、みんなで相談してから、と釘を刺した。
淳は、絶対この日がいいと思った。うまくいけば桜が満開のころだろう。それにこの日はなんと言っても大安なんだし。淳は、そう思いつつも千佳の、「みんなと相談して」ということばに、そら、そやな。もちろん、その通りや。と返事しながらも、古希のクラスメートと会う日は桜の花に祝ってもらいたいなぁ、と浪漫派文学青年の面影を取り戻したかのような夢見顔になった。
十二月三日(大安)、グループLINEの名前を「いちにのさんクラス会投票箱」から「いちにのさん古希クラス会助走」に変更するとともに、アンケート集計結果の報告と賛同者多数により、クラス会開催決定いたしました!と発起人名で報告をした。
ディスプレイ上ではしばし喜び合うコメントの応酬があり、実施日についてのご意見承ります、とコメントした後は、収拾がつかないことになった。
一月中にやりたい、一月二十三日こそが開催日にふさわしい、いやその前にクラス会リハーサルをやろうと言い出す者まで現れて、そのはしゃぎっぷりは、そう言えば修学旅行前にみんなで手づくりした旅行のしおりを編集しているときの、あのわくわく感に似ている、と淳は思った。
クラス会グループLINEが、クラスメートたちの井戸端になり、休み時間の教室のようなおしゃべりをみんなが楽しんでいる中、岩倉邦子の投入したコメントにクラスメートたちは驚かされた。
「いちにのさんのみなさん、地学の森田先生を覚えてますか?」
という呼びかけでそのコメントは始まった。
「先日ふと思いついて森田先生の名前を検索したら・・・ブログを発見!下にリンク貼り付けます。数日前にも新しい記事の更新あり。お元気そうですよ」リンク先には、森田先生の「ゲイのおじいさんの回顧(懐古)録」というテーマのブログがあった。
邦子は森田先生のブログを発見したあと、しばらく頻繁に訪問してブログを読みこんだ。森田先生は同性愛者ではないかという噂があったことは覚えている。あの当時の、同性愛者ということばの響きは、令和の今耳に響くものとはかなり違っていた。噂は噂の域を出ず、そういう噂を意に介していなさそうなところも森田先生にはあり、そんなどこか謎めいた雰囲気に魅力を感じる生徒も多かった。そこが自分を特別な人間みたいに思い上がっているように見えて、邦子はこの教師を嫌っていた。
ブログは、森田先生が八十才を超えてから始められていた。森田先生自身のことばに寄れば、終活の一環ということらしい。自分の中の一般的でない性的指向について、先生自身がそれとどう向き合ってきたかについての、自己分析的な告白が主につづられているのだが、中には高校教師としての懐古譚もあり、邦子はそっちをよりおもしろく読んだ。悔しいことに森田先生は、読ませる文章の書き手だった。
