11月18日(火) 時代のプリズムと日展とアート・バーゼル・パリ
先週六本木周辺に行くついでに国立新美術館に立ち寄った。お目当ては『時代のプリズム:日本で生まれた美術表現1989−2010』展だった。良かった。こういうのは日本でしか見られないだろう。と思っていたら、M+という香港に拠点のある美術館との協働キュレーションということらしいので、香港でもやるのかもしれない。これとともにやっていた日展もみた。圧巻だった。美術は最近意識して見るようになったばかりなので日展は初めてだし、歴史も知らなかった。先月パリで観たアート・バーゼル・パリ2025といろいろと比べて考えてしまう。優劣とかそういうことではない。純粋に技術だけのクオリティなら日展にかなうような展示会など世界にあるのだろうか。なんというか、職人技というのだろうか、むしろ職人としての執念みたいなものを全て観たカテゴリーで感じてしまった。残念ながら「書」だけ時間切れで見られなかったし、見られた他のカテゴリーも駆け足だった。これは次回またこなければならない。考えているのは作品ではなくて、制度の違いだ。日展は歴史的背景的にもお国柄的にも、縦型の徒弟制の要素を残し、商業的要素から極力距離をおいて「純粋芸術」を目指し長年精進・邁進する性格が強い。展示会では自分たちの所属する派の組織としての力や威信をお披露目する。それだからこその圧巻の職人技。そう解釈した。違ったら申し訳ない。これから訂正する。一方アート・バーゼルはギャラリストが抱える「商品」としての作者・作品のお披露目としての性格が強い。ギャラリーは作家を育てる場でもあるが、縦型の徒弟制の要素はほとんどないだろう。莫大なお金が動いてもいる。ハイ・ファッションとのつながりも強い。今年はルイヴィトンと村上隆のコラボの年だった。繰り返すが、作品の観点からも制度の観点からも優劣の審判には興味がない。20世紀前半に「美術」という概念を西洋から輸入して120年ほど経つ。このコントラストは味わい深く、もっと掘っていきたい。沼だ、私にとっては。
