結婚式の朝まで隠していた事
本来、私は夫になんでも話してしまう。
くだらないこと、面白かったこと、腑に落ちないこと、悲しかったこと。
全部、全部話してしまう。
夫はなんでも肯定してくれるので、安心して話せるのだ。
そんな夫に一つだけ話していなかったことがある。
ずっと、ずっと隠していた事。
それは結婚を決めた瞬間のことだった。
夫がプロポーズをしてくれたのは付き合って3ヶ月、これから同棲を始めようという夜だった。
会社帰り、夫が駅まで迎えに来てくれて、2人で買い物に寄った。
ついでにポストにも用があると言い出し、一緒に駐車場から歩き出す。
しばらくすると、夫がこう切り出した。
「不安にならないように、俺が考えてることを話すね」
それから間が空き、夫が慎重に言葉を選んでいることが分かった。
「もし同棲が上手くいってさ…
このまま何も起こらなかったら籍入れよう」
え……いきなり、どうしたの。
「籍入れる」って、プロポーズじゃ…
「プロポーズは改めてするから」
ドギマギした。「え?うん」と無難に答えたかもしれない。驚いてしまって、その時の記憶が抜け落ちている。
だって、考えたこともなかったから。
今まで彼氏とかいなかったし、私はずっと一人で生きていくんだと思っていた。
まだ付き合って3ヶ月で、結婚を意識したことすらなかったのに。
よく分からず、黙って歩き続けた。
沈黙がくすぐったいような、温かい風が吹く秋の夜だった。
しばらくして、同棲の準備が始まった。
私は一人暮らし、夫は実家暮らし。だから引越しの準備は主に私のアパートで行われる。
要らないものをどんどん捨てていく。
断捨離みたいで少し楽しい。
ところが、ここで問題が発生。
私が10年くらいほっといた廃油が見つかったのだ。
唐揚げを作ってポットに入れたまま、ずっと放置していたらしい。
さすがにこれは片付けなきゃいけない。
油は固めて捨てればいいだろうと思い、専用の粉を買った。
しかし、問題は固める方法だった。まず油を温めなければいけないという…
私たちは10年ものの廃油を温めた。
その直後、とんでもない異臭が部屋いっぱいに広がってゆく。
こんなところ居てらんない!!
リビングの扉を閉めて、洗面所に一時避難。
もう泣きそう。これからどうすればいいの。
このまま異臭が続いたら、今夜眠ることもできないし、もしかしたら近所の人に通報されるかもしれない。(幸いにも夏だったので、皆、冷房のために窓を閉めていた)
洗面所で途方に暮れた。
とりあえずブドウを食べて、気持ちを落ち着けた。その間、夫は廃油をペットボトルに入れれば捨ててもいい場所を調べてくれた。
「とりあえず行ってくる」と戦場に向かう夫。
しばらくしても戻ってこなかったので、心配になって私も戦場に向かった。
夫はベランダに出て、廃油をペットボトルに入れてくれたらしい。
今は温めるために使っていたフライパンを洗っている。
すごく、すごく丁寧に。
汚れが取れるまで何度もフライパンを撫でて…
この瞬間だった。
この人と結婚しようと思った。
廃油をこんなに綺麗に処理してくれる人、
多分、他にいない。
とても感動して、気持ちが抑えられなくて、でも必死に涙を堪えて、フライパンが蘇る様子を見ていた。
フライパンは再び使用できるほど綺麗になった。
夫は笑いながら「もう油は溜めちゃダメだよ」と、私の肩にポンと手を置いた。
結婚するならこの人しかいない、と確信した。
同棲が始まっても私たちの関係は変わらなかった。
強いて言えば、私がちょっと図々しくなったくらい。
すごく居心地がいい、なんでも言い合える間柄。
しかし、言っていないことが一つある。
結婚を決めた瞬間について、私はまだ夫に話していなかった。
まだ言いたくない。
そのタイミングは今じゃないと思っていた。
約束の日は、大好きな節分にしてくれた。
私は張り切って、恵方巻きに合うおかずを作っていた。
仕事から戻った夫は、料理中の私の手を止め、“あるもの”を手渡した。
それは小さな箱。中身は見なくても分かる。
言った通り、改めてプロポーズしてくれた。
炊飯器に鶏チャーシューを仕込んでいて、部屋中、醤油の焦げた匂いが充満している。
決して、いい雰囲気とは言えない中、私はニコニコしてプロポーズの返事をした。
一緒に、あのことも話してしまおうか。
迷ったが、黙っていた。
やっぱり今じゃない。
そして迎えた、結婚式の朝。
先に準備を終えた夫に、私はある手紙を渡した。
「私の準備が終わるまで暇だと思って…」
廃油を処理してくれた時に抱いた気持ち。
結婚するならあなたしかいない。
私がずっと温めてきた隠し事を知り、結婚式が始まってもいないのに、夫は白いハンカチを汚している。
そのくしゃくしゃな顔を見て笑ってしまった。
あの時、廃油を溜め込んだ私は泣いていて、処理した夫は笑っていた。
そして今、秘密を知った夫は泣いていて、打ち明けた私は笑っている。
隠し事はもうおしまい。
こんな私たちだけど、これから上手くいくかな。
どちらかが泣く時、どちらかは笑っていよう。
そうすれば、きっと何があっても大丈夫だよ。
廃油はもう溜め込まないから、
いつまでもずっと隣で笑っていてね。
いつもありがとう。

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