思い出のデートは県庁の展望台
「この後、どうする?」
入籍日に市役所や免許センター、銀行で変更手続きを終えた私たちは、カフェで休憩していた。
慣れない作業にどっぷり疲れて、夫もスマホから目を離さない。
「じゃあさ、あそこ行かない?」
結婚後の初デート。
私の提案に、夫はピンと来たようだった。
私が気の迷いで登録したマッチングアプリに、突然“いいね”がやってきたのは2年前。
私にはその人物とマッチングしなければならない理由があった。
私「“いいね”ありがとうございます。
プロフィールを読んでいて、早速お聞きしたいことがあって…。あくさんはタイに行かれたことがあるんですか?」
“いいね”をくれた「あく」という男性のプロフィールには、「タイに旅行したことがあります」の一言が書かれていた。
私は当時、タイのドラマにハマっており、タイに興味津々だったのだ。
あく「こんばんは!こちらこそありがとうございます。よろしくお願いしますね!
タイには行きましたよ。学生時代に卒業旅行で友達と行きました」
私「どんなところに行かれたんですか?」
あく「バンコクを中心に、セントラルワールドとか有名な足ツボ、寺院や王宮にも行きました」
本物だ。
ガイドブックで知った言葉が出てきて興奮した。
私「生の声が聞けて感動してます」
あく「参考になったようで嬉しいです!」
それから、話が弾み、アニメの話題に移った。
私「私はチェンソーマンが好きです」
あく「話題になったやつですよね!見てないので、今度見てみようと思います」
そのやりとりの後、ちょっと間が空いた。
実は私には、他に気になる人がいたのだ。(おい)
しばらく経った頃、私の返信を待たずに、あくさんからメッセージが。
あく「こんばんは!チェンソーマン見ましたよ!アニメ見て面白かったので、マンガも読みました笑」
スマホに向かって、目を見開いた。
そんな人いるだろうか。アニメ全部見たって、一体、何時間かかったのだろう。
アプリで出会っただけの人が、たった一言オススメしただけなのに。
なんてすごい人なんだろう。
ただただ感動していた。
チェンソーマンでひとしきり盛り上がり、あくさんが自然に話題を変えた。
あく「ところで、休日は何してるんですか?」
私「友だちとカフェに行ったりします」
あく「じゃあ、今度一緒に行きましょーよ!」
巧みな会話の流れに、また感動する私。
やっぱりこの人、ただ者じゃない。
他に気になる人とも一度会ったのだが、
「何か違う」と思って、お別れした直後だった。
こうして、初めてのデートは、私のお気に入りのカフェに行った。
とても緊張していて、私は手が震えていた。
スプーンで掬ったプリンがつるんと落ちる。
それを見て、あくさんは「緊張してる?」と不思議がっている。
「緊張しなくていいよ」
あくさんは紳士でとても優しい。話していても楽しいし、他の人とは違う何かを感じる。
だから、私もつい先走ってしまったのだと思う。
「あくさん、明日も空いてますか?」
思いがけない2回目のデートで、手の震えはもうおさまっていた。
それから、3回目のデートでは、ホタルを見に連れて行ってくれた。夜にホタルを見に行く男女、どう考えても手を繋がない方がおかしい。
ところが、結局、手は繋がれないまま。
あくさんは「じゃあね」とその手を振った。
想いは絶対に同じはず。なのに、なんで手を握ってくれないのだろう。私には分からない。
「なんで告白してくれないの?!」
だいたい3回目のデートで告白されるものだと、どこかのなにかでチラッと見た気がする。
「次します…」
翌朝の電話で、あくさんは小声で宣言。
後に、「しなかった」のでなく、「できなかった」のだと教えてくれた。
そして、4回目のデートでは、スーツとワンピース姿の2人が、県庁の展望台にいた。
辺りを一望できる、綺麗な夜景を前にして、あくさんはなかなか本題を切り出さなかった。
ぐるぐる歩いて、ひと気のない死角にたどり着いては、当たり障りのないことを話している。
「あっちが赤城山かな」
「そっか」
他県出身者には分からない話題も尽き、
いよいよ沈黙が始まりそうだった。
「…私ね、マッチングアプリ退会したよ」
「え、そうなんだ」
すぐ沈黙に帰ってくる。
それから、あくさんは呼吸を整えながら、一言一言を丁寧に紡ぎ、ずっと待っていた言葉をくれた。
そっと左手を差し伸べて。
その手を瞬時に掴み、
「私も好き!」と返事をした。
これから、私はこの人の手を握って、隣を歩いていける。
そう思うと、また手が震えた。
小刻みに震えては言うことの聞かない手のひらを見て、2人で笑った。
それから、お互いの好きなところを言い合った。
「優しくて、気遣いができるところが好き」
そう言ってもらい、すごく照れた。
私はこう返した。
「ドライブしてる時、私が喋ると音楽の音量を下げてくれるところが好きだよ」
自信のない私はいつも声が小さい。
だから音量を下げてくれるとすごく助かる。
すごく小さなことだけど。
あくさんは「そんなとこまで見てるんだね」と驚きながらも、やっぱり同じように照れていた。
「普通ね、付き合ってからアプリをやめるんだと思う」
あくさんの冷静なツッコミと、自分の先走った行動に笑ってしまった。
やっぱりこの人しかいない。
ずっと手は繋いだまま、
県庁から見える夜景を後にした。
だから、結婚後の初デートは県庁しかなかった。
展望台まで上がると、夕焼けが始まりそうな時間になっていた。
辺りを回ったが、結局、私たちはあの死角にたどり着いてしまう。
1年前の今日、
初めて手を取り合った場所で、
私たちは今でもまだ手を繋いでいる。
「ここから始まったんだね」
私は1年前と同じワンピースを着ていた。
「とうとう結婚しちゃったね」
違うのは、左手の薬指で輝く指輪。
いつも皿洗いをしてくれて、
家電が壊れた時にはすぐ直してくれて、
仕事に一生懸命で、
私を子どもみたいに可愛がっては、
いつも温かく見守ってくれる。
ほら、好きなところがこんなに増えたよ。
夫はどうかな。
「じゃあ、行こうか」
夫の大きくてスラッとした手と、
私の小さくて子どもっぽい手。
2つが繋ぎ合わさると、
かけがえのない温もりになる。
これから先、どんなことがあっても、
この手を絶対離さないよ。
約束するね。
だから、私に何があっても、
その手をぎゅっと握り返してね。
愛してる。
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いつか本を出版するのが夢です💪