結婚って、名字を揃えることですか?——名前の余白
📖第二章 名前の重さ
理奈が「名字」というものを初めて意識したのは、ずっと昔のことだった。
まだ、結婚なんて遠い未来の話だと思っていた頃。
卒業式の日。
教室には、いつもより少し浮ついた空気があった。
笑い声と写真のシャッター音が混ざり合い、最後の時間を形に残そうとしている。
「理奈ー!写真撮ろ!」
誰かが手を振る。
理奈は一瞬だけ笑って、でもその輪の中に入れなかった。
“佐伯理奈”
その名前が、黒板の名簿の中で当たり前のように並んでいる。
それなのに、その日だけはなぜか、それが遠く感じた。
帰り道。
空はやけに明るくて、卒業式らしい晴れだったのに、理奈の気持ちは少し沈んでいた。
家に着くと、母が台所で味噌汁を作っていた。
「おかえり。卒業おめでとう」
いつもと変わらない声。
理奈はランドセルのない肩を少しだけ落としながら、ふと聞いてしまった。
「ねえ、お母さんってさ」
一瞬の沈黙。
「名字、変わって後悔したことある?」
母の手が止まる。
ほんの一瞬だけ。
でも理奈は、その“止まり方”を見逃さなかった。
「後悔っていうよりね」
母は静かに鍋を見つめたまま言う。
「置いてきたものはあるかな」
その言葉は、やさしいのに、どこか刺さる。
「でもね」
母は少しだけ笑う。
「増えたものもあったのよ。家族とかね」
理奈はその“増えたもの”という言葉を、うまく飲み込めなかった。
増える。
でもその前に、何かを置いていく。
その構造だけが、妙に頭に残った。
それからの日々でも、理奈はときどき「名前」に引っかかるようになった。
進路の書類。
アルバイトの履歴書。
友達との何気ない会話。
「結婚したらどっちの名字にするんだろうね」
冗談のように笑われるたび、理奈の心の中だけが少しだけ静かになる。
(どっちでもいい、って言える人もいるんだ)
その事実が、少し怖かった。
大学に入ってからも、その違和感は消えなかった。
むしろ、自由な環境の中で少しずつ輪郭を持ち始めた。
誰かと同じでいられることよりも、
“自分のままでいられること”のほうが、理奈にとってはずっと大事になっていた。
でも同時に、それはうまく言葉にならない不安でもあった。
(私は何をそんなに怖がっているんだろう)
(名前が変わるだけのことなのに)
答えは出ないまま、時間だけが過ぎていく。
そして理奈は気づく。
この違和感は「好き嫌い」ではない。
もっと深いところにある。
“自分という存在が、誰かの形に上書きされる感覚”
その想像が、なぜか怖かった。
母の言った「置いてきたもの」という言葉が、何度も頭に戻ってくる。
もし自分もいつか同じように何かを置いていくなら。
そのとき、自分はちゃんと“自分のまま”でいられるのだろうか。
理奈はまだ知らない。
この感覚はわがままでも、反抗でもない。
ただ、“自分という輪郭を失いたくない”という、静かな本能だということを。
そしてその本能が、やがて婚姻届の白い紙と出会ったとき、
避けられない問いへと変わっていくことも。
理奈はそのとき、まだ気づいていない。
この小さな違和感が、
“結婚とは何か”を根本から揺らす始まりになることを。
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