綺麗な一色になれないカメレオン
誰かと楽しい会話で盛り上がっている時、カメレオンは弾んだ声で「最高じゃん」と語りかけてきた。
美味しいご飯を食べている時、カメレオンは少し意地悪く「太るぞ」と語りかけてきた。
誰かと心が通じ合った時、カメレオンは優しく「幸せだな」と語りかけてきた。
その時のカメレオンは、鮮やかなオレンジだった。その鮮やかなオレンジ色の鱗の隙間に、ドロッとしたどこか冷たい黒が混ざっているのを、私は見ないふりをした。
心ない攻撃をされた時、カメレオンは低く鋭い声で「黙ってろ」と語りかけてきた。
どうしてもわかってもらえなかった時、カメレオンは吐き捨てるように「勝手にしなよ」と語りかけてきた。
その時のカメレオンは、燃えるような赤色だった。その赤はどこか炭のように黒ずみ、ドロッとした冷たさを孕んでいた。
大切な人が悲しんでいる時、カメレオンは「お前が強くあれ」と静かに語りかけてきた。
大切な人が亡くなった時、カメレオンは「今はただ、泣けばいい」と寄り添うように語りかけてきた。その時のカメレオンは、深い青だった。
ある日、海を眺めた。何も考えず、ただ寄せては返す波を見るだけ。
その時のカメレオンは、空っぽの白だった。黒すらそこには存在せず、ただ何もかもが欠落したような、無の色だった。
私はカメレオンの事でずっと気付いてた事があった。
でも、私はそれにずっと気付かないふりをしていた。
カメレオンがただの綺麗な一色だったことなんて、一度もなかったことに。
カメレオンは喉を鳴らした。
「そろそろ、逃げないでちゃんと見たら?」
私
「なにを?」
カメレオン
「ぼくの背中。君はいつも、見たい色だけをすくい取って、残りの濁りをなかったことにする」
私
「………」
カメレオン
「ぼくは今まで本当にオレンジだけだった?
ぼくは本当に赤色だけだった?
ぼくは本当に青だった?
ぼくは本当に白だった?」
私
「………………あなたは本当はいつも黒色が混ざっていた。」
カメレオン
「そうだよ。ぼくはいつだって、黒が混ざっている。でも、君はいつも見ないふりをしていた。君は見たい事だけを見て、見たくない事は見ないふりをしていた。」
私
「……わかってる!!!そんな事言われなくてもわかってるよ!!!」
カメレオン
「じゃあ、どうして目を合わせないの」
カメレオンの皮膚が、じわじわと波打つ。
「ぼくはいつだって、黒が混ざっていたよ。楽しさの裏の冷めた視線も、怒りの底の卑屈さも、悲しみに浸る自己満足も。君の醜いところを全部引き受けて、ぼくはここにいるのに。
君にはぼくの黒も見てほしい。目をそらさないでほしい。君が見てくれた時、君の見える世界が変わるのを知っているから。」
私 「怖かった。私はあなたの黒を見て立ち止まるかもしれない、前に進めないかもしれないって思ったから。……綺麗な感情だけじゃないって認めてしまったら、自分が底なしの悪人になってしまう気がして……そうしたら、もう一歩も動けなくなるのが、怖かったんだ」
声が震えていた。隠していた本音が、言葉の端からこぼれ落ちていく。
カメレオン 「前に進めなくても良い。立ち止まっても良い。
見えたものをそのまま抱えてくれればそれで良い。」
カメレオンの声は、驚くほど穏やかだった。
私は小さく息を吐き、もう一度カメレオンを見た。
私
「あなたの綺麗なところだけ見ようとしていた。
汚い所は見ないようにしていた。
でも、 もう誤魔化さないよ。あなたの綺麗なところも、そうじゃないところも、全部そのまま見る」
カメレオン
「ぼくは綺麗な色にはなれない。
それでも、君がそのまま見てくれたらぼくの綺麗じゃない色も綺麗に見える日が来るかもしれない。」
私 「………うん。そのまま見るよ」
その時、カメレオンの皮膚が生き物のように脈打ち始めた。
背中の中心から墨を垂らしたような黒がじわじわと広がり、一方で内側からは熱を帯びたようなピンクが噴き出してくる。二つの色は互いを拒絶することなく、マーブル模様を描きながら複雑に混ざり合い、お世辞にも美しいとは言えない歪な色に染まった。
けれど、その濁りこそが、私が今まで見てきたどんな単色よりも深く、鮮やかで、何よりも一番綺麗だと思った。
ふと顔を上げると、世界の色が変わっていた。 空の青にも、街路樹の緑にも、今まで気づかなかった無数の色が混じり合い、呼吸するように輝いている。
「……綺麗だ」 独り言のように呟いた私の隣で、カメレオンは満足そうに目を細めた。 その歪な色は、今の私にはたまらなく愛おしく見えた。
