#95 模索
メンバーの葛藤
小さなスタジオに集まるひるねナイト。
再応募も結果は芳しくなく、メンバーの空気は重い。
武井:「…まぁ仕方ないか」
青山:「現実は見ないと。出たい気持ちはわかるけど、俺たちが勝手に熱くなっても空回りするだけだ」
長野:「…」
亜蘭:「…みんな、本当にそれでいいの? 私たちの曲を待ってる人がいるんだよ。怖くても、無理でも、それでも挑まなきゃ意味ないじゃん」
沈黙。
亜蘭の目は揺るぎない。
武井は舌打ちしてドラムスティックを回すが、その表情には迷いが浮かぶ。
その矢先、ニュースが流れる。
「開催予定だった海外フェス、周辺地域の暴動激化で中止検討か」
一同は愕然とする。
「出られるかどうか」以前に「そもそも舞台が消えるかもしれない」現実。
スタジオ再訪
扉を開けた瞬間、アンプから漏れる重低音と、亜蘭の歌声が飛び込んできた。
矢崎と葵は一瞬足を止める。そこには、落選の悔しさを抱えながらも必死に音を鳴らす、ひるねナイトの姿があった。
曲が終わると、武井がスティックを回しながら振り返った。
「おー、珍しいな。会社員コンビのご登場だ」
亜蘭が汗を拭きながら笑う。
「どうしたの?」
矢崎は深呼吸し、真剣な眼差しを向けた。
「俺たち、皆さんのの力になりたいんです」
葵が補足する。
「世界がこういう状況だからこそ、音楽は必要だと思います。落選したって関係ないです。むしろ…だからこそ、伝えてほしいです」
スタジオの空気が変わる。
青山がギターを抱えたまま、静かに尋ねる。
「具体的に、どうやって?」
矢崎は少し言い淀みながらも、覚悟を込めて答えた。
「まだ方法は分からないです。でも、必ず道はあると思います」
「策ないのか」
長野が冷たく言い放った。
一瞬、沈黙。
そして亜蘭がふっと笑った。
「いいね、その無鉄砲な感じ。私たち、言われなくとも絶対に止まらないよ」
模索のディスカッション
数日後、テレビやネットを通して流れてくるニュースは、ますます暗く重いものになっていた。
国境付近では再び武力衝突が勃発し、欧州の大都市では連日大規模なデモと暴動が発生。
SNSには「#PrayForPeace」のハッシュタグが溢れる一方で、政府の検閲や情報統制も強まり、世界全体がきしむように緊張していた。
海外公演や大規模イベントは次々と中止や延期を余儀なくされ、音楽業界全体が萎縮しつつあった。
ひるねナイトの再公演の話も完全に立ち消え、未来の見通しがつかない。
そんな中、矢崎と葵は「このままでは音楽をやってる場合じゃなくなるかもしれない」と強い危機感を抱いていた。
スタジオに再び集まったひるねナイトと矢崎・葵。
大きなホワイトボードを前に、全員が真剣な顔で座っている。
武井が苦笑しながら口を開く。
「なぁ、俺たち、次のライブの予定もないのに、何を議論するんだろうな」
青山がギターを膝に置いたまま、真剣な眼差しを向ける。
「でも、音楽は止めちゃいけない。今、何をどうやって発信するか考えなきゃ」
葵が前に出て、ボードに「どう届ける?」と書く。
「現地のフェスに出られなくても、やり方はある。オンライン配信、コラボ、メッセージ動画…色々できるはず」
武井が手を挙げる。
「じゃあ、まず配信ライブとか? ただ普通にやっても埋もれるよな」
矢崎が静かに言葉を重ねる。
「フェスに出るのが最終目標じゃなくて、その先のアクションプランを考えた方が良いのかなと思います」
その一言に、全員が黙り込む。
そして亜蘭がゆっくりと頷いた。
「……だったら、やろう。たとえ小さくても、私たちにしかできないやり方で」
部屋の空気が、再び熱を帯び始める。
その瞬間着信音が響き渡った。
Eclipse Tideのルーカスからのビデオ通話だった。
「…ルーカス?」
受信ボタンを押すと、映像の向こうには薄暗い部屋で疲れた表情を浮かべるルーカスと、メンバーの姿があった。
ルーカスは深く息をつき、画面越しに言う。
「ストックホルムの状況はますます悪化している。ライブも、レコーディングも全部止まった。仲間の一部は家族を守るために地元に戻ったんだ」
青山が眉をひそめる。
「……そんなに?」
ルーカスは頷き、しかし声を強める。
「でも、俺たちは諦めたくない。音楽を続けたいし、平和を願う声を止めちゃいけない。だから提案がある」
亜蘭が身を乗り出す。
「提案?」
ルーカスは一瞬だけ画面の向こうのメンバーと目を合わせ、真剣な眼差しで続ける。
「ひるねナイトとEclipse Tideで共同のオンライン企画をやらないか? 世界中からアクセスできる形で。俺たちの音楽を、一つにして届けよう」
ルーカスの「オンライン企画を一緒にやろう」という言葉に、画面の前の空気は一瞬熱を帯びた。だが、すぐに沈黙が流れる。
真っ先に口を開いたのは武井だった。
「いや、気持ちはすげぇわかるけどさ……俺ら、ライブバンドじゃん? 生の音でぶつかって、汗かいて、客が跳んで、そこに全部あるんだろ。画面越しって……正直、想像つかない」
青山も腕を組んで渋い顔をする。
「俺もだな。音の迫力だって削がれるし、配信なんて機材や回線に左右されるだろ? せっかくのメッセージが伝わりきらないんじゃないかって思う」
長野は無言のまま視線を落とし、考え込んでいた。彼にとっても、観客と直接向き合えない形は納得できないものだった。
画面の向こうのルーカスは、そんな彼らの迷いを察して苦笑する。
「そうだろうな。俺たちも最初はそう思った。でも……もう“普通のライブ”なんてできないんだ。だからこそ、別の形を模索するしかないんだよ」
沈黙が重くのしかかる。
亜蘭は何度も口を開きかけては閉じ、ついに搾り出すように言った。
「……わかるよ。でも、みんなの言うこともわかる。私だって、客席の歓声を浴びるあの瞬間がなかったら、やってる意味を見失うかもしれない」
矢崎と葵も複雑な顔でやり取りを見守っていた。清志の夢で告げられた「音楽の力」という言葉が頭の片隅を離れないが、まだ確信を持てずにいた。
結局その夜は、はっきりした答えを出せないまま通話は終了した。
ただ一つ残ったのは、
「このままじゃ何も変わらない」
という焦りだけだった。
