お餅プロ #毎週ショートショートnote
町内会館の炊事場に、正月明けだけ現れる男がいる。
名を誰も知らない。ただ皆「お餅プロ」と呼ぶ。
彼は黙々と餅を焼く。焦がさない。膨らませすぎない。ひっくり返すタイミングは秒単位だ。
「餅は急かすと拗ねる」
そう言って、炭火の前でじっと待つ。
子どもには小さく切って喉に詰まらせない。
お年寄りには柔らかめに。
疲れた大人には、少しだけ多めに砂糖醤油をかける。
誰かが「プロって何年やってるんですか」と聞くと、彼は首をかしげた。
「さあね。家で誰も褒めてくれなくなってからかな」
最後の餅を焼き終えると、会館は不思議と静かになる。
彼はエプロンを畳み、言う。
「餅はね、腹より先に心がふくれると美味いんだ」
翌日、会館は元どおり。
でも家に帰った人たちは、なぜか少しだけ優しかった。
今年もまた、正月明けが待ち遠しい。
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