【歴史小説】トルコの父②ーアンカラの胎動
1919年5月19日、黒海沿岸の町サムスン。灰色の波間に小舟が揺れ、桟橋には疲れた漁師たちの姿があった。その港に降り立ったムスタファ・ケマルは、潮風を受けながら深く息を吸い込んだ。
「ここから始めよう。」
副官が不安げに問う。「閣下、本当に可能なのでしょうか? 帝国は瓦解し、イスタンブルには敵兵がいるのに。」
ケマルは静かに答える。「祖国を救えるのは我ら自身だ。いかなる外の力でもない。」
彼はアナトリア各地を巡り、集会の壇上で人々に呼びかけた。エルズルムの寒風吹きすさぶ会場で、農民や商人が肩を寄せ合って聞き入る。
「我らは決して独立を手放してはならない! たとえ国土が寸断されようとも、この心が生きる限り、トルコは不滅だ!」
群衆からは嗚咽と歓声が入り混じった。
1920年4月23日、アンカラ。粗末な建物に集まった代表たちは椅子を並べ、息を呑んで議場を見つめていた。ケマルが壇に立ち、声を張る。
「この議会こそが国民の意思だ。イスタンブルの宮廷はもはや我らを代表しない! では、ここに新しい国家を築こうではないか!」
その言葉に場内は歓喜の拍手で揺れた。
やがて、ギリシャ軍が西アナトリアに侵攻する。1921年、サカリヤ河畔。濁流のほとりに築かれた塹壕で兵士たちは息を潜めていた。砲煙の中、ケマルは前線に歩み出て叫ぶ。
「祖国はここで守られる! 退けば死あるのみ。立て、トルコの息子たち!」
兵士のひとりが涙を拭きながらうなずく。「閣下と共に!」
銃剣が一斉に掲げられ、突撃の号令が響いた。戦況は一変し、勝利の兆しが見え始める。サカリヤの勝利は、民族独立戦争の運命を決した。
1922年、イズミルの街路にトルコ兵が凱旋する。燃え残った家屋の間を進みながら、ケマルは立ち止まり、つぶやいた。
「この地に二度と異国の旗を翻させてはならない。」
1923年7月、ローザンヌ条約が結ばれ、トルコの独立は世界に認められた。同年10月29日、アンカラにて共和国の建国が宣言される。議場の熱狂の中、ケマルは短く、しかし力強く告げた。
「主権は無条件に国民に属する。」
その瞬間、600年続いた帝国の影は消え、新たな国民国家の光が差し込んだ。ケマルの胸には、次なる改革への揺るぎない決意が燃えていた。
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