脊髄小脳変性症 発症から10年 現状と本音
私の姉は脊髄小脳変性症という病気で、おそらく発症から10年以上経っている。
脊髄小脳変性症と言っても、進行のスピードは人それぞれ。
進行が早ければ発症から10年以内に寝たきりになる人もいる。
私が知っているかぎり、若い人ほど進行が早い。
そして、比較的高齢になるほど進行が遅い。
姉は20代で発症している。
5年前は杖を使って一人で歩けていた。
身の回りのことも全て自分で出来て、聞き取りにくくても普通に話せていた。
発症から10年が経った今は
筋力が落ちて体幹が弱く、めまいが強い。
手すりにつかまって立ち上がっただけでもフラフラしてしまう。
体を支えて(手すり使用し)数歩歩くのが限界。
普段は車椅子とベッドでの生活をしている。(背もたれが無いと座っていることすら難しい)
言葉を発しても、何を言っているのかわからない。コミュニケーションがすごく難しい。これには本人も家族も本当に苦労している。
何度も聞き返して『なに?何て言ってるの?』
『もう一回言って?』と聞く側も
イライラしてきて強く言ってしまう。
姉は伝えたいことが相手へ伝わらず、いつも泣いていた。
今は基本『はい』、『いいえ』で答えられるように聞いて、頷くか首を振ってもらってコミュニケーションをとっている。
あとは、『あいうえお表』の文字盤を使って指を差してもらっている。
他にも、長文で伝えたいことがある時は、携帯で文字を打ってもらう。(最近では手が震えて打ちづらいようで誤字が多い。)
姉はドラマを見ることが好きだったが、数年前から目にも症状が出てきた。
ものが二重に見える複視という症状があり、文字を読むのも難しくなってきたようだ。
足の感覚はほとんど無く、温度や痛みがわからない。気づかないうちに足を火傷していたこともあった。
最近での困り事は、腹筋が弱ってお腹に力が入らず便を出せないこと。
浣腸を使って出したり、下剤を飲んでピーピーになったり。調整が難しい。ベッドの隣にポータブルトイレを置いているが、間に合わないこともあった。
食べることが楽しみであった姉
今は食べ物を上手く噛めず、舌で潰して飲み込むような感じ。
食べることでむせったり、喉を詰まらせたりして 自由に好きなものが食べれなくなった。
体重はどんどん減っていき、今は小学校低学年くらいしかない。
医師からは『胃ろう』や『CVポート』増設を勧められている。
ヨダレは本人が気付かぬうちに垂れ流してしまう。服も汚れてしまうため、着替えるのも一苦労。
痰が絡んで取れないこともあり、吸引機を使ってチューブで吸うこともある。
発症から10年で、姉は多くのことが出来なくなってしまった。
そんな姉の姿をそばで見ているのが本当に辛い。
昔は私も治療薬が見つかることを信じていた。
でも今はほとんど諦めている。
母が病気の頃から、新薬が出そうだと聞いては
何度も裏切られてきたからだ。
私はあと何回、姉の誕生日を祝えるのだろうか…
そんなことばかり考えてしまう。
でも、未来なんて誰もわからない
正直、介護から逃げ出したくなる日もある
自分の時間を削って一生懸命介護したって、1円にもならない。心が辛いだけ。
私は介護のために仕事を辞めてしまった。
幼い子どもも居るのに、生活費が足りない。
調べてみたら、私が住んでいる市町村では難病患者に見舞金が出るらしい。
年額10,000円。
10,000円で何をしろと…!?一年に一回美味しいものでも食べてくださいってことかな?(でも貰えるだけありがたいです。感謝します。)
介護者は国からも市町村からも1円ももらえない…つらっ(T ^ T)
話が大分それましたが、
お金がなくてもなんとか生きてはいける
私は姉を失ってから後悔したくない。いや、絶対後悔はするけど、少しでもやることはやってあげたい。
一日、一日を少しでも快適に、安全に。
笑って過ごせるように。
今出来ていることを大切にしながら関わっていきたい。
暗い話になってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回は『胃ろうは延命治療にあたるのか』という点について書きたいと思います。
また読んでいただけるとありがたいです。
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