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僕が書いた本の話11《覚醒の時》クラウドファンディングに挑戦

週刊新潮の連載を単行本にしたい! 
毎週、週刊新潮で《アスリート列伝 覚醒の時》と題するショート・ドキュメンタリーを連載させてもらっている。〈レジェンド〉と呼ばれる名選手たちを中心に、時には現役アスリートにも取材して、彼らが「競技を好きになったきっかけ」「技術や感覚に目覚めた瞬間」に焦点を当てるノンフィクション・ストーリーだ。

文字数の制約があるからこそ燃える!?
原稿用紙(400字)で約5枚半の短編。開始当初は1ページだったが、まもなく2ページに増やしてもらった。この文字数はよく「少ないでしょう?」と言われるが、僕はあまりそう思わない。もちろん「このアスリートはもっと長く書きたいな」「取材を重ねたら本にもできるな」と意気込むことはしばしばあるけれど、ひとつの発表の場として、「見開き2ページ、原稿用紙5枚」のリングは、僕には相性がいい。思わず「リング」と書いたが、これは僕の挑戦の舞台だ。原稿を書くのは決して「勝負」ではないけれど、「自分との闘い」ではあるかもしれない。その舞台が〈無制限一本勝負〉であるよりも、締切があり、文字数の制約があり、テーマも常に編集部の同意が必要だといったルールの縛りがあるからこそ面白い。そう感じるのは、僕が〈スポーツライター〉だからかもしれない。

スポーツライターの宿命?
大半のスポーツがルールの枠の中で勝負する、それは宿命だ。陸上100㍍の選手が、「あと10㍍短かったらオレがチャンピオンだった」と言っても負け犬の遠吠え。「風さえなければ」とか「あと5分あったら」とかファンはよくそういう悔しさを募らせるが、トップ選手になればなるほど、そんな泣き言は言わない。僕もそうありたいと思ってやってきたから、制約はむしろ歓迎、その中でどんな輝きを発揮できるかが腕の見せどころといった自負がある。

テレビの生出演で鍛えられた瞬発力
それを訓練されたのは、原稿執筆に加えて〈テレビ出演〉の場だった。2018年、スポーツ界でパワハラ事件が続発した時期から、テレビのワイドショーに連日呼ばれるようになった。ほぼすべて生放送だから、言い直しは効かない。〈ああ言えばよかった〉〈あれを言いそびれた〉は後の祭り。次こそはと意気込んでも、番組(MC)が違えば流儀も違う。方向性も違う。大半が出演する僕の希望でなく、番組の都合で進行する。言えること言えないことの範囲も番組によって違う。それを瞬時に判断しながら〈誰も指摘しない観点〉を提示し、情報を基に〈核心を衝く発言をする〉よう毎回自分と勝負している。

テレビ出演はルールの違う〈異種格闘技戦〉
ある時ふと気がついた。僕は〈スポーツライター〉という肩書の専門家だけれど、求められている顔はひとつではない。番組によって、ボクシングのルール、プロレスのルール、K1のルール、お相撲のルール等々、レギュレーションが全然違うのだと理解した。毎回その日のリングのルールを身体に叩き込み、その中で最善を尽くす。それは僕にとってとても刺激的でスリリングな挑戦だ。それが嫌いじゃないから、というよりワクワクするから、テレビの仕事を続けられるのだろう。
《アスリート列伝 覚醒の時》を書く時も似た感覚がある。プロ野球選手、サッカー選手、ボクサー、プロレスラー、マラソン選手、体操選手、スポーツクライマーなど、競技性がまったく違うアスリートを表現するのに、画一的なパターンではしっくりこない。舞台は同じ週刊新潮でも、毎回、違う風が流れ、違うリズム、違う重さ、軽さ、明るさ、暗さ……。その競技その選手に合った表現を紡ぎ出すのが面白い。

クラウドファンディングに挑戦します!
そうやって、すでに230回以上の連載を重ねた。最初の60回くらいまでの原稿は《天才アスリート 覚醒の瞬間》という題名で〈さくら舎〉から出版してもらった。それ以後の作品は、インターネットの〈デイリー新潮〉で読めるが、まだ単行本化は実現していない。やはり一冊にまとめて読んでもらいたい。それだけの意義のあるストーリーたちだし、書かせてもらったレジェンド、現役選手たちへの恩返しのためにも、本にまとめたい。そこでクラウドファンディングに挑戦することにした。昨年一度挑戦したが、残念ながら十分な費用が集まらなかった。そこでもう一度、みなさんにご支援をお願いし、なんとか本にしたい、どうぞよろしくお願いします!

小林信也 週刊新潮連載《覚醒の時》クラウドファンディング


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