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僕が書いた本の話13 クラファン挑戦中の《覚醒の時》ピーター・ノーマン

前回に続き単行本《覚醒の時》第二弾の内容をご紹介します
第一章の締めくくりは、ピーター・ノーマンの伝説です。と言っても、彼の名前を知っている人はきっと少ないでしょう。でも、メキシコ五輪の陸上男子200㍍で金メダルを獲得したトミー・スミスが、銅メダリストのジョン・カーロスと共に表彰台で、黒い手袋をはめた拳を突き上げた。足元は黒いソックス、貧困を表すためにシューズは履いていなかった。それは、人種差別に対する無言の抗議、「自由を求める叫びだった」(スミス)。
この抗議行動は世界中の多くのテレビ視聴者が目にしたし、大きく報道されたから、日本でも広く認識された。けれど、その表彰台の左、2位になった選手のことはほとんど記憶されていない。

表彰台には白人の銀メダリストも立っていた
当然のことながら、表彰台には3人の選手が上がっていた。中央に優勝したスミス、その右に3位のカーロス(いずれもアメリカ)。スミスの左側にいたのが、ピーター・ノーマン(オーストラリア)だった。
後でそれに気づくと、彼にとってはずいぶん酷な状況ではないか。白人の彼が、せっかく銀メダリストの栄誉を得たのに、それが汚されたような気持ちになったのではないか。僕は最初、そう考えた。ところが事実は違った。
よく見ると、無表情で立つピーターの胸には、黒人選手ふたりと同じステッカーが貼ってある。それは、人権運動を象徴するバッジだった。
表彰式に臨む前、スミスとカーロスは予め自分たちが準備している行動をピーターに打ち明けた。するとピーターは、
「僕もキミたちと一緒に立つ」と言って、彼らが胸につけていたバッジを取り、自分で胸につけたのだという。オーストラリアにも根深い人種差別問題があった。ピーターは、先住民であるアボリジーニへの不当な差別に怒りと問題意識を抱いていたのだ。

本国でひどい非難を浴びたピーターの態度
だが、オーストラリアに帰ると、待っていたのは非難の嵐だった。200㍍銀メダルの快挙ではなく、表彰台で二人の黒人選手に賛同した行動がピーターのその後の人生を暗転させた。詳しくはぜひ、単行本化が実現したら読んでいただきたい。
この伝説を僕は、シンガーソングライターの中川五郎の力を借りて表現している。一連の物語を中川は歌にして、ライブでたびたび歌っているのだ。
♪ ピーター・ノーマンを知っているかい
と中川五郎は歌い始める。
思えばそれは、かつてボブ・ディランが無実の罪で収監されていた、「世界チャンピオンにもなれたはずのプロボクサー」”ハリケーン” ルビン・カーターを救済するために作って歌った曲《ハリケーン》に触発された楽曲だったのかもしれない。私はかつて、ブルータスという同じ雑誌で仕事をしていた縁のある中川五郎から、その曲への想いを直接聞かせてもらった。

クラウドファンディングに挑戦中です
こんな話も、《アスリート列伝 覚醒の時》では書いている。週刊誌で読んでもらうだけでは、1週間の賞味期限で捨てられてしまう。いまはインターネットで読むこともできるが、できればこうした物語の数々を一冊の本にまとめて読んでいただきたい。そのため、単行本化を目指し、クラウドファンディングに挑戦している。みなさまのご支援を心からお願いします。

小林信也 週刊新潮連載《覚醒の時》クラウドファンディング

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