精神的刷り込みからの解放
――母親の支配から、自分を取り戻すまで――
こんにちは、クローズ就労中の野田夏広です。今回は、私が精神的刷り込みから解放されていく過程について書きます。
私は長いあいだ、自分の人生を生きている感覚がありませんでした。何かを決めるとき、何かを感じるとき、いつも基準にあったのは「母親ならどう思うか」「母親に否定されないか」という視点でした。
私の母親は過干渉で、感情の起伏が激しい人でした。機嫌の良し悪しに家庭の空気が左右され、私は常に母親の顔色をうかがっていました。その中で私は学びました。自分の気持ちは後回しにすること、母親の期待を先回りして満たすこと、怒りや不満を出さないこと。それが生き延びるための方法でした。
こうして私は、「怒ってはいけない」「我慢するのが当たり前」「いい人でいなければならない」という価値観を、自分のものとして内面化していきました。その結果、嫌なことを嫌だと感じられなくなり、限界でも無理をやめられず、自分の感情が分からなくなっていきました。
転機は、「なぜこんなに生きづらいのか」と真剣に考え始めたときです。自分の思考をよく観察すると、頭の中には母親の声がそのまま残っていました。「それは甘えだ」「ちゃんとやれ」「期待に応えろ」。それは私の本音ではなく、母親の価値観を内面化した声でした。
そこではじめて、私は気づきました。自分は自分の人生を生きていなかったのだ、と。
精神的刷り込みからの解放は、劇的な出来事ではありませんでした。まず、「これは母親の考えだ」「これは自分の本音ではない」と区別することから始まりました。そして、嫌だと感じたら否定せずに認める、怒りが湧いても抑え込まない、無理なものは無理だと認める。そんな小さな積み重ねでした。
いまの私は、まだ完全に自由ではありません。それでも、無意識に母親の期待に従い続けることは減りました。感情が戻り、違和感に気づき、「自分はどうしたいか」と自分に問いかけられるようになりました。
精神的刷り込みは、弱さの結果ではありません。生き延びるために必要だった適応です。しかし、その役目が終わったなら、手放してもいい。私はいま、自分の感情を取り戻しながら、自分の人生を生き直しています。
