こんにちは、クローズ就労中の野田夏広です。
成長を封じたあの日から脱却し、
私はようやく自分の人生を生き始めた。
人生のどこかで、自分の成長に自分で蓋をしてしまった。
そんな人は、もしかすると私だけではないのかもしれません。
今日は、私が長いあいだ心の奥にしまいこんでいた「成長禁止」という不思議なルールについて、お話ししようと思います。
■ 母親に“心を預けて”しまった少年の延長で
振り返れば私は、母親に強く支配されて生きてきました。
表面的には普通の親子。
けれど、心の内側は違いました。
母親の機嫌、母親の期待、母親の表情。
それらを読み取ることが、生きていくうえで最優先のタスクになっていました。
自分の感情より、母親の願望。
自分の意志より、母親の指示。
いつの間にか、私は「母親の望む私」を生きることしかできなくなっていました。
そんな環境のなかで、ある時期から私は無意識に、こんなルールを胸に刻んでいました。
「成長してはいけない」
いま思えば、まるで呪文のようなものです。
しかしその呪文は、私の行動を長いあいだ縛り続けました。
■ 成長しないことで、私は自分を守っていた
スキルを磨こうとすると、不安が湧きました。
キャリアの話が出ると、どこか後ろめたさが生まれました。
母親の知らない世界へ、母親の手が届かない場所へ、私が進んでしまう。
そのことが“怖かった”のだと思います。
母親を追い越してはいけない。
母親の価値観を否定してはいけない。
母親の望む人生と違う人生を選んではいけない。
そう思うことで、私は「安全」を感じていたのです。
だから私は、自分に誓いました。
母親が生きている間は、成長しない。
スキルもキャリアも積まない。
それは幼い日の自分が編み出した、生き残るための知恵でもありました。
■ 母が亡くなった後も、心の中の“影”は消えなかった
母親が亡くなって十年。
母親は現実にはもうこの世にいませんが、心のなかの影はすぐには消えませんでした。
まるで私の中に母親の声が根を張っているようで、
「成長しちゃダメ」
「お前は変わらなくていい」
そんな声が時折、頭の片隅でささやくのです。
でも、時間が少しずつその影を薄くしていきました。
ある日ふと、こんな感情が湧きました。
「もう、いいんじゃないか」
この“いいんじゃないか”が、私の人生を動かし始めた最初の一歩でした。
■ 心の蓋を外すと、静かに世界が広がる
成長を禁止していた蓋が外れると、世界がほんの少し明るく見えました。
急に何かが変わるわけではありません。
私は劇的な変化の主人公ではありません。
けれど、朝起きて、
「今日はなにを学ぼう」
「こんな働き方を試してみよう」
そんな小さな意欲が、生まれるようになったのです。
自分の人生を、自分の意志で選ぶ心地よさ。
他人軸ではなく、自分軸で生きる静かな確信。
それらがゆっくりと胸のなかに積み上がり、ようやく私は“自分の人生”を歩き始めたのだと思います。
■ 満たされなかった自分へ、時間をかけて優しく触れる
長いあいだ我慢してきた自分を、少しずつ満たしていく。
過去の自分にも、今の自分にも、未来の自分にも、やっと優しくできるようになりました。
成長を禁じた時間は確かに長かった。
でも、取り戻せないわけではありません。
どれだけ遅くても、ここから始められます。
私は今、その歩みを静かに続けています。
「成長してはいけない」と思い込んでいたあの日から脱却し、
私はようやく、自分の人生を生き始めました。
