自意識過剰の理由
こんにちは、クローズ就労している野田夏広です。
最近、「自分は自意識過剰だった」と気づきました。
人からどう見られているかばかりを気にして、いつも周囲の目を警戒していた。でも、冷静に考えると、他人は私のことをそこまで深く見ていない。みんな自分のことで精一杯です。頭ではわかっているのに、どうしても気になってしまう——その理由をたどっていくと、結局は母親の過保護・過干渉に行きつきます。
母親は、ほとんどすべての場面で私の行動を否定しました。
服装、言葉遣い、考え方、人間関係、将来の進路——私が何かを選ぶたびに、「それはダメ」「あなたには無理」「あなたが選ぶものは間違っている」と言われ続けてきました。母親の言葉は、私の自信を根こそぎ奪い、「自分は周囲から常に評価され、監視されている」という感覚を刷り込んでいったのだと思います。
いま振り返ると、母親は“正常の領域を超えた人”でした。
否定は愛情ではなく、支配でした。私という一人の人間を育てるというより、自分の思い通りに動く「所有物」のように扱っていたのだと思います。当時の私は子どもで、母親の言動が異常だとは気づけませんでした。子どもにとって親は世界のすべてなので、「母が言うなら、きっと自分が悪いんだ」と思い込んでしまうのです。
母親が亡くなって、もう10年になります。
時間の経過とともにようやく、少しずつ自分の心の回復が進んできました。母親がいなくなったことは複雑な感情を伴いますが、その不在が私に“ようやく呼吸ができるスペース”を与えてくれたのも事実です。母親の価値観や否定の声が、すこしずつ頭の中から離れていき、ようやく「自分の人生」を取り戻し始めている実感があります。
そして回復し始めて気づいたのは、
私は思っていた以上に、深く傷ついていたということ。
「重症だった」という表現がようやく腑に落ちました。自意識過剰は、“他人の目を気にしろ”と刷り込まれた幼少期の生存戦略。そのクセが、大人になった今も心の中で動き続けていたのです。
今はまだ完全に癒えたわけではありませんが、確実に回復の道を歩いています。
母親が私に与えた影響の意味を理解し、自分の内面を取り戻す作業は、痛みを伴いながらも、確かな前進を感じられるプロセスです。これからは、母親の声ではなく「自分の声」に耳を傾けて生きていきたい。
自分の人生を生きるために。
