第1回記事:母の影と私
こんにちは。
わたしはクローズ就労をしている「クロー人(くろうにん)」です。
職場では元気そうにふるまっているけれど、本当はまだまだ、心の回復途中です。
■ 母親の影響
私の母親は、とても支配的な人でした。
小さなころから、「あなたはこうしなさい」「これはダメ」と、常に細かく口出しされてきました。母の言葉は絶対で、反論する余地はほとんどありませんでした。
さらに、母は過保護でもありました。
外に出ると危険だから、と行動を制限されることもしばしば。結果として、私は自分で選び、失敗し、そこから学ぶ経験を積むことができませんでした。
■ 過保護と支配の二重構造
「守ってあげる」という顔をしながら、実際は自分の思う通りにコントロールしていた母。
子どもの安全を思ってのことかもしれません。けれど、その裏には「私の言うことを聞いていれば安心」という支配欲が透けて見えました。
その環境で育った私は、いつしか「自分の気持ちより、相手の顔色を優先する」ことが当たり前になっていきました。
「母の期待を裏切ってはいけない」
「怒られないように正解を選ばなければ」
そんな思考パターンが、大人になった今も強く残っています。
■ 周囲の人の反応
そんな母を、周囲の人たちはどう見ていたか。
率直に言えば「敬遠」でした。母の強い支配性に、みんなが距離を取っていたのです。
しかし、そのしわ寄せは私に来ました。
母には直接言えないからこそ、周囲は私にだけ「偽りの優しさ」を見せました。
表向きは笑顔で接してくれる。けれど、その裏には「本当は近づきたくない」という感情が透けて感じられる。
子どもながらに、私はその空気を敏感に感じ取っていました。
■ 自分を見失う体験
結果として私は、自分の本当の気持ちがわからなくなりました。
「優しくされているのに、なぜか心が冷たくなる」
「笑顔で接してもらっているのに、なぜか寂しい」
その違和感をずっと抱えながら成長してきました。
母の支配、過保護、そして周囲の偽りの優しさ。
それらが重なって、私は「人の言葉や態度をそのまま信じられない」という土台をつくってしまったのだと思います。
次回は、その「偽りの優しさ」がどんな形で表れていたのか、具体的な体験を振り返ってみたいと思います。
以上、本日のクロー人のつぶやきでした。
