10人の会社で学んだことは、1000人の会社では通用しなかった
「どちらが成長できる会社ですか?」
セミナーの後、よく聞かれる質問があります。
小さな会社と、大きな会社。
どちらで働くべきですか、と。
正直、この質問に一言で答えるのは難しい。
でも今なら、少しは答えられる気がします。
成長の量は、会社の大きさでは決まりません。
変わるのは、見える景色そのものです。
朝8時。
シャッターを開ける音がする、10人ほどの会社。
電話が鳴れば、私が出ます。
在庫が切れていれば、伝票を書くのも私。
得意先からのクレームも、まず私の耳に入る。
契約書の文言も、請求書の消費税の計算も、全部自分の手を通っていました。
それが当たり前だと思っていたのです。
数年後、1000人を超える会社の入館ゲートで、社員証をかざしました。
エレベーターに乗り込む人の数に、少し圧倒されたのを覚えています。
隣の部署が何をしているのか、正直よく分かりません。
自分の担当する仕事は、大きな仕事のほんの一角。
同じ会社なのに、こんなにも景色が違うのか。
そう驚いた朝のことは、今でも忘れられません。
小さな会社で、仕事は「つながっている」と知った
小さな会社では、仕事に境界線がありませんでした。
午前中に営業の相談を受け、午後には在庫を数える。
クレームの電話を切った直後、その内容をそのまま開発担当に伝える。
一日の中で、会社のあらゆる場所を行ったり来たりする感覚です。
規制業務でも、同じことが起きていました。
私は薬事の三役、つまり総括製造販売責任者、国内品質業務運営責任者、安全管理責任者を、すべて一人で担っていた時期があります。
便利な反面、危うさもありました。
自分の判断が、そのまま会社の判断になってしまう。
ある時、確認を急ぐあまり、市販後の情報収集の記録を1件、更新し忘れたことがありました。
後から気づいて、深夜に一人でオフィスに戻り、記録を整えたことを覚えています。
誰かに指摘される前に、自分で気づけたのは幸いでした。
けれど、あのときの背筋が冷える感覚は、今も忘れられません。
全部を自分で背負うということは、全部の責任も一人で負うということなのだと、身をもって知りました。
開発の初期段階から、PMDAとのやり取り、承認、そして市販後の安全管理まで。
一つの製品が生まれ、育ち、世の中に送り出されるまでの全工程に、自分の判子が押されていく感覚でした。
小さな組織だからこそ、製品のライフサイクルを、線としてまるごと体験できたのです。
今でも、何かを判断するときは、無意識に全体の流れを思い浮かべます。
あの頃、自分の手で回していた歯車の感触が、今も体に残っているのだと思います。
大きな会社で、「仕組みを見る目」を学んだ
大きな会社に移った直後は、正直、物足りなさを感じていました。
自分が触れる仕事の範囲が、あまりに狭かったからです。
もっと全体に関わりたい。
そんな不満を抱えていた時期もありました。
入社して3ヶ月目のことです。
私は承認フローを一つ飛ばして、仕事を先に進めてしまいました。
小さな会社での癖が、抜けていなかったのだと思います。
品質保証部長に呼び出されました。
「あなたが正しいと思っても、手順を守らない限り、それは正しさとして認められない。」
そう言われたとき、頭が真っ白になったのを覚えています。
自分では、効率よく仕事を進めただけのつもりでした。
けれど、それは組織にとって、再現性を壊す行為だったのです。
しばらくして、あるベテラン社員から、こんな話を聞きました。
今の細かい承認フローは、何年も前に起きた、ある重大な出荷判断ミスがきっかけでできたのだそうです。
一人の担当者の判断だけで進んでしまったことが、後に大きな回収騒動につながった。
それを二度と繰り返さないために、何重もの確認が組み込まれた。
それを聞いたとき、非効率にしか見えなかった手順が、急に違って見えました。
その手順は、担当者を縛るためのものではなかったのです。
誰が担当しても同じ品質を再現できるようにする。
属人化を防ぎ、会社全体としての一貫性を保つ。
そのための仕組みだったと気づいた瞬間、仕事の見え方が変わりました。
目の前の作業をこなすことだけが、仕事ではない。
その作業を支えている仕組みそのものを理解することも、仕事なのだと知ったのです。
どちらが正しいかではなく、どちらも必要だった
今、SaMDの分野で、スタートアップの方々とお話しする機会が多くあります。
そのたびに、ある共通点に気づきます。
少人数のチームで開発してきた方は、現場の感覚に優れています。
ソフトウェアの挙動も、ユーザーの反応も、肌で理解しています。
一方で、規制を体系として俯瞰する視点は、まだ十分に育っていないことがあります。
反対に、大企業出身の方は、QMSや薬事の枠組みを深く理解しています。
しかし、スタートアップ特有のスピード感や、アジャイル開発の柔軟さに、戸惑うこともあります。
どちらが優れているという話ではありません。
育った環境が違えば、身につく力の種類も違う。
深夜のオフィスで一人、記録と向き合った経験も。
部長室で頭が真っ白になった経験も。
その両方があったからこそ、双方の強みも、弱みも、私には見えるようになったのだと思います。
2つの景色を知ったことが、今の私をつくっている
今は、独立した立場で、規模の異なるさまざまな組織と関わっています。
現場に入るときは、細部にこだわります。
コードの一行、文書の一文字にまで、目を凝らします。
一方で、少し離れた場所からは、全体の仕組みを俯瞰するようにしています。
この2つの視点を、行ったり来たりできること。
それが、今の自分にとって、一番の武器になっている気がします。
振り返れば、私は小さな会社で、仕事のやり方を体で覚えました。
そして、大きな会社で、仕事の意味を頭で考えることを覚えました。
どちらか一方だけだったら、今の私は存在しません。
会社の規模に、優劣はありません。
そこから見える景色が、違うだけです。
今日も、エレベーターに乗ります。
隣に立つ人が、何をしているのか、私はまだ知りません。
けれど、知ろうとすることをやめない限り、この会社の景色は、少しずつ私のものになっていく。
そう思えるようになったのは、あの深夜のオフィスと、あの部長室のおかげなのだと思います。
もし似たような経験があれば、コメントで教えてください。
現場によって見え方が違うテーマだと思っています。
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虹をありがとうございます。