ChatGPTに聞く前に、5分だけ考える|AI時代の問い
手が止まった朝
ChatGPTを開こうとして、手が止まった朝がある。
いつものように、画面を開こうとした。
文章を書きたい。
考えを整理したい。
少し助けてもらいたい。
そう思った。
でも、その前にノートを開いた。
5分だけ書いてみようと思った。
頭の中にあるものを、そのまま出してみる。
まだ形になっていない考え。
引っかかっている違和感。
なぜか気になっていること。
三行でいい。
答えでなくてもいい。
その5分は、AIを使うための準備ではなかった。
自分が何を考えているのかを、確かめる時間だった。
答えを探していた
ChatGPTを使い始めたころ、私は答えを探していた。
文章を書いてもらう。
要約してもらう。
企画を考えてもらう。
返ってくる答えは速かった。
しかも、驚くほど自然だった。
「これは仕事が変わる」
そう思った。
実際、多くの仕事は速くなった。
資料作成。
文章整理。
情報収集。
今まで時間をかけていたことが、短時間で形になる。
便利だった。
本当に便利だった。
だからこそ、気づかなかった。
足りなかったものが、別の場所にあることに。
完璧に見えた提案書
ある提案書を作った。
打ち合わせの内容をChatGPTへ渡した。
数分後、文章が完成した。
画面を見ながら、少し嬉しくなった。
構成も自然だった。
論理も通っていた。
このまま提出できる。
そう思った。
けれど、結果は違った。
受注にはつながらなかった。
理由は、あとから分かった。
私は、お客様が以前、システム導入で失敗した経験を書いていなかった。
その経験があるからこそ、お客様は慎重になっていた。
本当に大丈夫なのか。
また同じことにならないか。
そこが、一番大切な部分だった。
ChatGPTは、それを知らなかった。
いや。
知らなかったのではない。
私が渡していなかった。
文章は自然だった。
だからこそ、足りないものが見えなかった。
問いを持つということ
失敗したのは、プロンプトの問題ではなかった。
AIの能力不足でもなかった。
考える前に、AIを開いていたことだった。
それ以来、ひとつだけ習慣を変えた。
ChatGPTを開く前に、5分だけ考える。
ノートを開く。
仮説を書く。
論点を書く。
思いつきを三行だけ書く。
まとまっていなくてもいい。
正しくなくてもいい。
自分の中にあるものを、先に外へ出す。
すると、不思議なことが起きた。
ChatGPTから返ってくる答えが変わった。
いや。
変わったのは、答えではなかった。
私の問いだった。
以前は、
「答えをください」
と聞いていた。
今は、
「私は何を見落としていますか」
と聞く。
「反対の立場なら、どう考えますか」
と聞く。
「この前提は、本当に正しいですか」
と聞く。
問いを持ってから、AIを開く。
それだけだった。
見えなかった景色
ChatGPTには、よく役割を与える。
品質保証責任者なら、どう考えるか。
顧客なら、何を不安に思うか。
現場担当者なら、どこで困るか。
立場を変えるたびに、自分では見えなかった景色が現れる。
だから助かっている。
でも、不思議なことがある。
どれだけ多くの視点を並べても、
最後に決める場所だけは、自分の中に残っている。
何を大切にするのか。
何を守りたいのか。
何を信じるのか。
そこだけは、AIには渡せない。
5分後に開く画面
私は、ChatGPTの使い方を覚えたわけではない。
考える順番を覚え直したのだと思う。
以前は、考えるためにAIを使っていた。
今は、自分で考えるためにAIを使っている。
似ているようで、少し違う。
AIは、私の考えを広げてくれる。
自分では気づかなかった視点を見せてくれる。
でも、最初の問いだけは、自分で持つしかない。
何を大切だと思うのか。
何に違和感を覚えたのか。
何を確かめたいのか。
その問いは、自分が歩いてきた時間からしか生まれない。
だから今日も、ChatGPTを開く前に、ノートを開く。
書くのは三行だけ。
仮説でもいい。
思いつきでもいい。
その5分がある限り、私はAIに考えてもらうのではなく、
AIと一緒に考えていける気がしている。
あなたは、AIを開く前に、何を考えているだろう。
あなたはAIを「道具」と感じますか、それとも「鏡」に近いと感じますか。
感じ方の違いを聞いてみたいです。
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