「任せたよ」が、若手を追い詰めることがある
「これ、どこまでやっていいですか」
画面の向こうで、若手の声が小さくなった。
カーソルだけが、資料の1行目で点滅している。
その沈黙を見ていると、昔の自分を思い出す。
任されたはずなのに、動けない。
聞きたい。
でも、聞きすぎると頼りないと思われそうで。
出したい。
でも、出したら直される気がして。
違っていたら、迷惑をかけるかもしれない。
若いころの失敗は、少し大きく見える。
仕事がうまくいかなかっただけなのに、
「向いていないのかもしれない」まで、すぐ届いてしまう。
だから「チャレンジしてみて」が、励ましに聞こえない日がある。
崖の前に立たされて、
「大丈夫、飛べるよ」と言われているような気持ちになる。
言っている側に、悪気はない。
任せたい。
育ってほしい。
自分で考える経験をしてほしい。
でも、受け取る側の耳には、別の音で届く。
「失敗してもいいからやってみて」ではなく、
「失敗しても、それはあなたの責任でやってみて」に聞こえる。
仕事を任せる前に、まず一緒に地面の硬さを確かめたい。
どこまでなら決めていいのか。
どこからは相談するのか。
失敗したら、何が起きるのか。
誰に、どのくらい影響があるのか。
先に並べてみる。
「ここは試していいです」
「ここは1度見せてください」
「迷ったら、一緒に考えましょう」
「完成してからではなく、途中で持ってきてください」
任せるというより、最初は一緒に持つ。
手を離すのは、そのあとでいい。
若手が失敗を怖がるのは、弱いからではない。
その人なりに、仕事の重さを感じている。
まだ、重さの逃がし方を知らないだけだ。
「気にしなくていいよ」では、あまり軽くならない。
気にしているものを、いったん一緒に見る。
何が怖いのか。
どこで止まっているのか。
何がわかれば、次の1歩が出そうなのか。
「どうしたい?」と聞かれても、すぐには出てこない。
どうしたいかの前に、何を考えればいいのかが、まだぼんやりしている。
そんなときは、問いを小さくする。
「選択肢は2つくらいありそう?」
「どっちがやりやすそう?」
「ひっかかっているのは、納期? 内容? 相手の反応?」
「最悪の場合、何が起きそう?」
問いが小さくなると、声の温度が戻る。
「たぶん、ここが不安です」
「この前の指摘が気になっています」
「正解がわからなくて、止まっています」
まだ作業は進んでいない。
でも、資料の白い部分に、うっすら線が引かれる。
現場はいつも忙しい。
こちらにも余裕があるわけではない。
早く自走してほしい。
自分で考えてほしい。
自分で判断してほしい。
けれど、自走という言葉は、ときどき冷たい。
まだ靴ひもを結んでいる人に、
遠くのゴールだけ見せていないか。
「ここから先は自分でやって」ではなく、
「ここまでは一緒に考えた。次は、あなたの案を聞かせてほしい」
そのくらいの距離から始めてもいい。
はじめから大きく踏み出さなくていい。
戻れる形で出す。
途中で見せる。
いったん仮で置く。
「まず3割で見せてください」
この言葉を使うようになってから、相談が前に出るようになった。
3割の資料には、その人の迷いが出る。
どこを大事にしたいかも出る。
勘違いも、早めに見つかる。
それを責める場所にしない。
赤ペンで埋める時間にしない。
「ここ、どう考えました?」
「この方向はよさそうですね」
「ここだけ、一緒に直しましょう」
AIに仕事を頼むときも、似ている。
「いい感じにやっておいて」
それだけでは、返ってくるものがぼやける。
言う側の頭には、完成した景色がある。
でも、相手にはまだ見えていない。
だから、最初に景色を分ける。
誰に届く仕事なのか。
何を外すと困るのか。
どこは変えてもいいのか。
全部を説明しすぎると、考える場所がなくなる。
でも、何も渡さないと、怖さだけが残る。
この加減は、今もよく間違える。
任せたつもりで、放ってしまう日がある。
寄り添ったつもりで、口を出しすぎる日もある。
「大丈夫?」と聞きすぎて、相手を固くしてしまうこともある。
任せる側も、任せ方を覚えている途中なのだと思う。
最近、ひとつだけ気をつけている。
相手の不安を、急いで消そうとしない。
不安は、ときどき仕事の輪郭を教えてくれる。
どこが曖昧なのか。
どこに責任が集まっているのか。
どこでひとりにされるのが怖いのか。
チャレンジという言葉を、急いで使わなくてもいい。
今日の仕事の中に、自分で決めた小さな跡が1つ残ればいい。
件名でも、資料の順番でも、最初の一文でも。
夕方、若手からメッセージが届く。
「まだ途中ですが、見てもらえますか」
添付された資料は、完成には遠い。
余白もある。
迷っている跡もある。
でも、そこにその人の手が入っている。
私は、すぐ直したくなる指を止める。
「もちろん。まず一緒に見ましょう」
送信してから、画面を閉じる。
机の上に、まだ少しだけ明るさが残っている。
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