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灰色の、豊かさ|QCDの会議で、白黒つけられないこと

会議室の空気が、少しぬるかった。

机の上には、QCDの資料が並んでいた。
品質、コスト、納期。

どれも、落としていいものではない。

誰かが前のめりになる、というより、
みんな、どこか反り返っていた。

椅子の背にもたれる人。
手を顔に当てる人。
資料の同じ行を、何度も見ている人。

白黒をつけるための場に見えて、
本当は、灰色の置き場所を探していた。

品質を守りたい人の言葉は、正しかった。

コストを見る人の眉間にも、理由があった。

納期を気にする声も、ただのわがままではなかった。

それぞれの場所から見れば、
どれも間違っていない。

だから、すぐには決まらない。

「賛成ですか、反対ですか」

そう聞かれると、私は少し遅れる。

返事をしないわけではない。
逃げたいわけでもない。

ただ、口の中で言葉が一度止まる。

賛成、と言い切るには、小さなひっかかりがある。

反対、と言い切るには、そこに残っている光を無視することになる。

この方向はいいと思う。

でも、このやり方には、こわさがある。

この判断にはうなずける。

でも、誰かの仕事が削られる気配もある。

そういうものを全部かかえたまま、
ひとつの札を上げるのは、いつも少し乱暴だ。

賛成。
反対。
進める。
止める。
守る。
削る。

言葉は速い。

速い言葉は、場を前に進める。

でも、前に進むたびに、
こぼれるものがある。

たとえば、7対3の賛成がある。

7は、進みたいと思っている。

3は、まだ足もとを見ている。

その3は、ただの迷いではない。

そこにしか見えていない穴かもしれない。

「賛成ですね」と丸めた瞬間、
3は消えたように見える。

でも、消えない。

会議室の外に出ても、
帰り道の信号待ちでも、
たぶん残っている。

あとから別の形で、また顔を出す。

反対も、たぶん同じだ。

8対2の反対がある。

ほとんど止めたい。

でも、どこかで小さく、
「もしかしたら」と言っている。

その2を閉じこめたまま、
反対という札だけが残る。

けれど、本当に7と3に分かれているのだろうか。

7の中にも、小さな3があるかもしれない。

3の中にも、7と同じものがあるかもしれない。

人の考えは、そんなにきれいに線を引けない。

境界は、直線ではない。

少しにじんでいる。

だから私は、白か黒かと聞かれると、
ほんの少しだけ考える。

百対ゼロで何かを思うことは、あまりない。

好きなものの中にも、苦手なところがある。

嫌いなものの中にも、忘れられない一部がある。

信じたいもののそばに、
信じきれない私がいる。

昔、都市伝説みたいに聞いた話がある。

すべての色を混ぜると、灰色になる。

本当かどうかは知らない。

けれど、その話だけは妙に残っている。

赤も、青も、黄色も。

空の色も、道路の色も、看板の色も。

誰かの服も、夕方の窓も、駅前の信号も。

ぜんぶ混ぜたら、灰色になる。

それは、何もない色ではない気がした。

いろいろなものが、入りすぎた色。

名前をつける前の、
街の底みたいな色。

会議室でも、それは同じだった。

灰色という中間を探しているのに、
人の姿勢だけは、白黒みたいに極端になる。

反り返る。

腕を組む。

手で口元を隠す。

椅子の脚が、小さく鳴る。

ただ、自分の持ち場から見える色を、
すぐには手放せなかった。

「賛成なんですね」と言いかけて、飲みこむ。

まだ、その人の声に濁りがあったから。

「反対なんですね」と閉じかけて、少し待つ。

まだ、机の上に置かれていない言葉がありそうだったから。

もちろん、いつまでも灰色のままでは進めないこともある。

決めなければいけない日がある。

どちらかに手をあげる場面もある。

そのときは、決める。

でも、消したくないものがある。

7対3の3。

8対2の2。

言葉になりきらなかった、残りの色。

決めたあとも、それを持っていられるか。

手の中に、小さな石みたいに。

白黒をつける人は、強く見える。

迷わない人は、頼もしく見える。

けれど、迷いのない言葉だけが、
本当にたしかなのかはわからない。

私は、少し遅れて返事をする人のほうを、
ふと見てしまう。

その人の中で、
何かがまだ動いているからだ。

白か、黒か。

そう聞かれたとき、
私はこれからも少し黙ると思う。

その沈黙を、できれば雑に扱いたくない。

今日は、7対3です。

でも、その3も、まだここにあります。

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