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人を率いる前に、必要だった順番|マネジメントは観察から始まる

深夜のオフィスで

「もう少しやれる」

そう思ったことが、たぶんある。

前職の深夜、オフィスの空気は乾いていた。

エアコンの音だけが、規則正しく響く。

机の上には、自分で淹れて、そのまま忘れたコーヒー。

冷めたそれを口に含むと、苦さより先に、粉っぽい後味が残った。

画面には途中の資料。

返せていないチャット。

明日いちばんの会議。

まだできる。

もう少し詰められる。

ここで止めたら、何かに負ける気がした。

けれど、どれだけ積み重ねても、「足りた」という感覚は訪れなかった。

自分を測るメーターは、少しだけ壊れている。

そんなものだと思っていた。

一人称の世界にいると、人は驚くほど強くなれる。

その代わり、とても危うい。

遠くまでは行ける。

けれど、そのままでは、誰かと並んで歩くことはできない。

そのことを、当時の私はまだ知らなかった。

その全力が、誰かの椅子を奪っていた

あるプロジェクトで、私はかなり前のめりだった。

決める。

書く。

直す。

出す。

足りない分は、夜に回収する。

それが誠実さだと信じていた。

ある日、同僚が言いにくそうに言った。

「助かってるんですけど、考える前に全部決まってる感じがします」

小さな声だった。

でも、その一言は長く残った。

私が一歩前に出る。

そのぶん、誰かが一歩下がる。

成果は出ていた。

だから気づかなかった。

自分にとっての親切が、相手にとっては「参加できない構造」になっていた。

正しさは、いつも少しだけ場所を取る。

その場所は、本当は誰のものだったのだろう。

見えていない場所で、もう決まっていたこと

マネージャーになる前の私は、「見ればわかる」と思っていた。

半分は本当だった。

半分は違った。

ずっと順調に見えていたメンバーが、ある日突然動けなくなった。

会議では話していた。

チャットの返事も変わらなかった。

だから、気づけなかった。

あとから知った。

家庭の事情。

体調への不安。

チームの中で積み重なっていた、小さな摩擦。

どれも仕事の表面には現れていなかった。

翌朝、その人の席だけ、椅子が少し引かれたままだった。

人は、見えない場所で疲れていく。

そして、見えない場所で何かを決めている。

理不尽は、大きな音を立ててやって来ない。

議事録の行間にある。

「今回は仕方ないですね」

その一言の中に潜んでいる。

それを知らないまま人を率いると、痛みを努力不足と見間違えてしまう。

怖いのは、そこに悪意がないことだ。

人を材料にしてしまう順番

あとになって思う。

マネージャーになる前に知っておきたかったのは、知識ではなかった。

順番だった。

まず、一人称。

自分を知ること。

限界は思っているより遠く、思っているより簡単に壊れることを知ること。

次に、二人称。

自分の選択が、誰かの選択肢を変えてしまうこと。

最後に、三人称。

自分では動かせないものがあること。

努力だけでは届かない現実があること。

この順番を飛ばすと、人を育てているつもりで、人を材料にしてしまう。

それは、とても静かに起きる。

会議は進む。

評価もつく。

誰も怒鳴らない。

それでも、少しずつ人が薄くなっていく。

だから私は、マニュアルよりも景色を渡したいと思うようになった。

冷めたコーヒーの苦さ。

言いにくそうだった、あの一言。

少し引かれたままの椅子。

そんな景色なら、次の誰かへ手渡せる気がする。

私の場合、それは順番だった

マネージャーになることは、肩書きが変わることではなかった。

景色との距離が変わることだった。

自分の手元だけを見ていた視線が、隣の人へ向く。

そして、その先には、どれだけ想像しても届かない場所があることを知る。

私は何度も順番を間違えた。

自分の全力を正義にした。

誰かの椅子を、知らないうちに小さくしてしまった。

そのたびに、少し遅れて景色が変わった。

あの表情は、そういう意味だったのか。

あの沈黙は、拒絶ではなく疲れだったのか。

あとからしか見えない景色がある。

でも、あとから見えた景色は、次の誰かの足元を照らすことができる。

私に必要だったのは、スキルの一覧ではなかった。

順番だった。

まず、自分を見る。

次に、隣を見る。

最後に、自分では届かない場所があることを知る。

その順番だけは、何度やり直しても変わらなかった。

あなたは、どこからその景色を見るだろう。

冷めたコーヒーだろうか。

言いにくそうだった、誰かの一言だろうか。

それとも、少し引かれたままの椅子だろうか。

いつか、その景色を思い出す日が来たなら。

あの日の苦さは、コーヒーの味だけではなかったと、きっと気づく。

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