【母子チェスターの旅】1日目: チェスター街歩き
ハーフターム後半は、わたしと下の子たち(7歳&5歳)だけでイングランド北西部のチェスターに1泊で行ってきた。このnoteでは何度も動物園について書いてきたけれど、今回も動物園に行くのが最大の目的。チェスター動物園はイギリス最大規模の動物園と言われているのだ。日帰りで行けないこともないが、片道4時間以上かかるので前泊することにした。
ロンドンから電車でチェスターへ
8時43分ユーストン発のAvanti West Coastという特急電車でまずはクルー(Crewe)へ、そこからローカル線に乗り換えてチェスターと向かう。テーブル席を予約していたのだが、わたしたちのボックス席にはテーブルにラップトップを広げて仕事をするビジネスマンの姿があった。まずいぞ、絶対うるさいのがきたって思われる!と思ったが、母の心配をよそにおとなしく読書やお絵描きを楽しんでくれた子どもたち。ヨシヨシいいぞ、と思っていたら、しばらくしてから二人そろって「なんか気持ち悪いー」と言い出した。乗り物酔いをしてしまったらしく、二人して虚ろな表情でぐったりしている。おかげで騒がしくはならなかったが、相席の男性にはご心配をおかけしてしまった。
エチケット袋でゲ◯キャッチして事なきを得て、スッキリ元気になった子どもたちとUNOで遊んだりしているうちにクルー駅に到着。バーミンガム周辺でえらいノロノロ運転だなぁと思ったら、やっぱり到着が遅れて乗り換え時間が5分しかなくて焦ったが、無事に乗り換えに成功。ここからはTransport for Walesというローカル線で約20分、ノンストップでチェスターへ。チェスターはウェールズではないのだが、ウェールズがかなり近い。車内表示は英語とウェールズ語のバイリンガル表示だった。車窓に広がる牧草地帯には牛や羊がいて、運河を航行するナローボートも見えた。一時はどうなることかと思ったけれど、お昼前に元気にチェスターに到着した。

ホテルにチェックイン&ランチ
チェスター動物園へのアクセスを考えて、宿は駅前のクイーンホテルを予約していた。動物園へ向かうバスが駅前から出ているのだ。駅前のホテルならば、チェックアウト時に荷物を預け、帰りの電車に乗る前にピックアップすることもできる。駅から徒歩10秒の好立地で直前までキャンセル可のプランで£100程度のホテルだったのでクオリティは期待していなかったけれど、期待をはるかに上回る素敵なホテルだった。

荷物を預けて街に繰り出そうと思ったら、もう部屋が用意できているとのことで早くもチェックインさせてくれた。中庭を通って別棟にある部屋へ。ちゃんとしたレストランやセレモニー会場なんかもある立派なホテルだった。
街の中心部までは徒歩15〜20分ほど。カモさんたちにあいさつをして運河のサイドウォークをてくてく歩いて向かった。

チェスターとは、ラテン語で「軍の駐屯地」「要塞」を意味する「castrum(カストルム)」に由来する。ローマ帝国時代にイングランド各地に設置された駐屯地のひとつで、かつては城壁に囲まれた城塞都市であった。チェスターには今も当時の城壁や古代ローマの遺跡が多く残る。
城壁を越えて内側に入り、大聖堂の裏を抜けると街の中心部にたどり着いた。チェスターは白い壁に黒の木組みが施されたチューダー様式の木造建築が印象的な街だ。市庁舎のすぐ近くにチェスターらしい建物のパブがあり賑わっていたので、そこで昼食をとることにした。

フィッシュ&チップスとキッズミールを2つとビールを注文。ビールはハーフパイントで頼んだのだが、パイントで届いた。「あのー、ハーフをお願いしたんですが…」と言うと、「あー、注文直しておくからそれ飲んで」とのこと。食事を終えて会計したら本当にハーフパイントの金額にしてくれていた。(律儀にビールを半分残しておいてよかった。)さらに、ハーフターム中で大人用メイン1セットにつき1つキッズミールが無料になるキャンペーンを実施中だったのだが、2つとも無料になっていた。自分の得にならないミスは指摘するのに、自分が得になることは指摘しないのもどうかと思ったけれど、ありがたく厚意(←?)を受け取ることにした。ちなみに料理のクオリティは、まぁ普通のパブ飯って感じ。でも店員さんが感じ良かったし、安かったし、地元の人たちで賑わっている雰囲気だったのでヨシ◎

チェスター動物園にも同じ像があるそう。
ウォーキングツアーに参加
14時から始まるウォーキングツアーの待ち合わせ場所であるビジターセンターへ。チェスターで何をしようかとネットで探っていてウォーキングツアーを見つけ、前日の夜に予約を入れていたのだ。ガイドさんは60代のイギリス人女性ゲイルさん。他にも申込者がいたそうなのだが、出発時刻を10分過ぎても現れなかったので、わたしたち3人だけで出発。思いがけずプライベートツアーになってしまった!
市庁舎〜チェスター大聖堂〜城壁ウォーク
まずは、すぐお隣というか目の前の市庁舎(タウンホール)。ネオゴシック様式の壮麗な建物は、1862年に前の建物が焼失してしまった後に建てられたもので、設計はコンペティション形式で決められたそうだ。

市庁舎の向かいの門をくぐると大聖堂の裏手(北側)に出る。チェスター大聖堂は、元々は修道院だったそうで、大聖堂の裏手のAbbey Squareと呼ばれる小さな庭にはかつては池があり、そこで釣った魚を修道士たちが食べていたんだとか。現存する建物は増改築を繰り返して今の形になったそうで、一番古い部分は1066年のノルマン・コンクエストの後にウィリアム1世(征服王)の甥っ子(初代チェスター伯)が建てたのだそう。
ウィリアム1世は元々ノルマンディー公であり、言ってしまえばフランス人だ。元々イングランドを治めていたアングロサクソン王を倒して征服したため、イングランド国内で反発が強かったことは想像に難くない。そこで、ウィリアム一派は反発を和らげるために教会を建設し、教会と王権を密接に結びつけることによって自らの正当性を示そうとしたのだ。大聖堂にはノルマン様式(ロマネスク様式とも言う)のアーチも見られ、1000年近い歴史が感じられた。

続いて城壁に登り、大聖堂の東側を拝む。そのとき、ちょうど14時半を告げる鐘が鳴った。この鐘の音は、大聖堂の外に設けられた鐘楼から聞こえてきている。1960年代までは大聖堂本体の鐘楼で鳴らされていたのだが、老朽化により安全性の問題が生じたため、新たに独立型の鐘楼が建てられたのだそうだ。

鐘楼の後ろ、右手に見えるネオゴシック様式の部分は、19世紀に増築された部分で、手掛けたのは建築家のジョージ・ギルバート・スコット。ケンジントン・ガーデンズにあるアルバート記念碑を手掛けたことでも知られるヴィクトリア朝時代の代表的な建築家だ。
ちょうどこの辺りの城壁の外側に、ハトの巣箱が設置されていた。ハトが城壁に撒き散らす糞害対策として、ハトの居場所を別に作ったということなんだって。また、ハトの繁殖防止のため、巣箱から卵を回収してプラスチックの偽卵に置き換えるのだそう。偽卵と知らずに温め続ける親鳥は気の毒だけど、穏やかな糞害対策として多くの都市で広く実施されている方法らしい。

そのまま城壁を南方面に進むと、イーストゲート・クロックが見えてきた。この時計台は、ヴィクトリア女王の在位60周年(ダイヤモンド・ジュビリー)を記念して1897年に設置されたもので、チェスターの有名なランドマークのひとつだ。



20世紀に発掘された古代ローマの遺跡
イーストゲートで地上に下りて、セント・ジョン・ストリートを通って古代ローマ時代の円形闘技場の遺跡へ。ここでゲイルさんに珍スポットを教えてもらった。

よーく見ると、綴りが間違ってる!(ROが1個多い)うっかり間違えちゃったのをあえてそのまま使っているみたい。教えてもらわなかったら絶対に気づかなかった。
そして、円形闘技場跡に到着。発掘されたのは1960年代だそう。それまで長い間ずっと地中に埋もれていたのだ。ロンドンにもロンディニウム時代の円形闘技場の遺跡が一部残っているが、あちらも発掘されたのは1980年代だ。2000年近い時を経て発掘されるなんて、ロマンがある。まだまだ地中に眠っている遺跡がたくさんあるのかもしれない。

ニューゲートから再び城壁に登り、ディー川を眺めた。ゲイルさんがこの川の水はウェールズのスノードニアの山頂から流れてきているのよ、と教えてくれた。「あっちからですか?」とわたしが指さした方向は真逆だった。。。風が強くてどっちから流れているか分からなかったのだ。そのくらい、この日は風が強かった。もっと風の穏やかな日だったらリバークルーズも楽しかったかもしれない。
再び城壁を下りてローマン・ガーデンへ。ここには、ローマ時代の浴場跡があった。1970年代に市の中心部から発掘され、こちらに移設されたそうだ。

ロンディニウムの遺跡もそうだけれど、再開発の過程で地下から遺跡が見つかったらしい。ただ、ここに移設されたのはほんの一部で、チェスターで発掘された遺跡の多くは破棄されてしまったのだとゲイルさんが嘆いていた。当時は遺跡の保護よりも開発が優先されていたのだそう。きちんと保護されていたら、チェスターは古代ローマの遺構が残る街として世界遺産級の街になっていたかもしれない。悔しさを滲ませたゲイルさんの想いをもっと聞いてみたかったが、わたしの英語力では”That’s a shame.”と言うのがやっとだった。That’s a shame.
ローマン・ガーデンには、ローマ時代の遺跡だけでなく、17世紀半ばのイングランド内戦の遺構もあった。議会派によって破壊された城壁部分がパネルで示されていた。王党派の重要拠点だったチェスターは、議会派によって包囲され、砲撃されたのだった。(最終的にチェスターは降伏。)


古代と中世と近代の地層が織りなすチェスターの街
ローマン・ガーデンを出て、パーク・ストリートを通って大通りへ。パーク・ストリートに立ち並ぶチューダー様式の家は、玄関の扉の高さが身長160センチのわたしより少し高いくらいだった。平均的に高身長のイギリス人だが、当時の男性の平均身長は160〜165センチ程度だったそう。ヘンリー8世はかなり恰幅も良く上背もあったのでそんなイメージがなかったが、王様や貴族は例外的に栄養状態が良かったのだろう。
ペッパー・ストリートという大通りに出ると、左手に高層の立体駐車場があった。この駐車場の上には、なんとライオンの姿が!駐車場を建設するにあたって、元々この場所にあったライオン像をどうしよう?となり、ならば屋上に移設してチェスターの街を見守ってもらおう、という話になったんだそう。今ではささやかなランドマークになっている模様。

ツアーの最後はブリッジ・ストリートを通ってザ ・クロスへ。チェスター中心地の通りにはザ・ロウズ(The Rows)と呼ばれる、2階部分に張り出したテラス状の廊下が連続した建築群がある。

ちなみに左の建物の窪みに置かれた像はチャールズ1世。

中世の時代に、ローマ時代の街の残骸を埋め立てて築かれたのが現在の2階部分だ。その後、建物の下層に新たに地上階を整備し、結果としてかつては地下だった部分が今では地上階(1階)になり、世界的にも極めて珍しい二層構造のテラスが誕生したのだそう。現在ではさまざまな店舗が連なる商店街となっている。
ツアーの終点は、南北を走るブリッジ・ストリートと東西を走る通りが交差する地点に立つ石柱、チェスター・ハイクロス(通称「クロス」)。現在のモニュメントはピューリタン革命時に破壊され、329年の空白期間を経て1975年に再建されたものだ。クロスの周辺は、ストリート・ミュージシャン、それを囲む群衆、ベンチに腰掛けて休憩する観光客など、多くの人で賑わっていた。

ツアー総括
わたしたちのレベルに合わせて、1時間半近くガイドをしてくださったゲイルさん。本当に物知りで明るい方で、あっという間の楽しい時間だった。子どもたちに配慮して少し短縮バージョンにしてくれたのだが、チェスターの街をよく知ることのできる満足度の高いツアーだった。意図せずプライベートツアーになり、最初は「会話しなきゃいけないじゃん!」と焦ったけれど、子どもたちもゲイルさんに懐いて楽しそうにおしゃべりしてくれたのでだいぶ助かった。ちなみに、同伴の子どもは2名まで無料で、ツアー参加費は大人1名分の£12のみ。あまりにも安くて申し訳ないのでチップをお渡しすべき?と考えていたのだが、その暇もなくゲイルさんは「じゃあね!」と風のように去っていったのであった。
なので、せめて宣伝させてもらいます。この記事を読んだ貴方は貴重な数少ない読者のひとりなので、チェスターを訪れた際にはぜひウォーキングツアーにご参加を!かなりオススメです◎
↑たった今、プライベートツアーは2時間£185(!)なことを知った。
チェスター大聖堂
ツアーを終え、歩き疲れた子どもたちを休ませるためカフェに入って休憩した。アイスを注文したのだが、外が暑いせいか、通りに面したショーケースの中のアイスは溶け気味。ダブルスクープを頼んだのだが、柔らかすぎて上に載せられず、ダブルの値段でシングル2つにしてくれた。得した気分。半溶けのアイスを急いで食べる。
休憩を終え、中も見学したかったチェスター大聖堂へ。入場無料だが、入口にドネーション用のタッチ決済機があったので、寄付金を支払って入場。











中庭のベンチにはクマのパディントンが座っていた。実写版映画の第三作目のプロモーションで設置されたようだ。2月から7月まで、毎月変わる設置場所でもらえるシールを6枚全部集めて写真に撮って送ると抽選で商品券がもらえる、という企画らしい。(住民じゃなきゃ無理なやつ。)娘がパディントンと一緒に写真を撮りたがったのだが、隣に座っていたお兄さんがなかなかどいてくれず。他にもパディントンを写真に収めようとする人がいたし、空いているベンチは他にもあったのに、あえてパディントンの横に座り続けるお兄さん、メンタル強い。すぐに他人のことを気にしてしまう日本人気質なわたしからすると羨ましい。余談だけど、パディントンの映画は三作すべて傑作です!

チェスター・マーケット
大聖堂を出て、トイレ休憩がてら市庁舎(タウンホール)の裏にあるチェスター・マーケットへ。ちょっとしたお店やフードコートがあるオシャレな屋内型マーケットで若者で賑わっていた。


ユニークな給水所や路線図風の館内マップが面白くて、これだけでも来た甲斐あり。随分こじゃれた施設だなぁと思ったら、2023年にオープンしたばかりなんだって。



そして、ここにもLEGOの模型があった。



館内には翌日に行く予定のチェスター動物園のショップもあり、グッズを眺めて翌日への期待を膨らませた。何も買わなかったのに、ショップの店員さんがすごく親切だった!
城壁ウォーク(北側半周)
続いて、先ほどとは反対方向に城壁を歩くことにした。街を少し高いところから見下ろして歩く。

北東の角にある塔はキング・チャールズ・タワー。先ほどもイングランド内戦の話に少し触れたけれど、1645年にチャールズ1世が実際にこの塔に立ったことでその名が付けられた塔だ。

強風に煽られながら城壁の上をひたすら歩く。北西の角辺りの城壁の下を線路が通っていた。しばらく待っていたらTransport for Walesの列車が通過していった。

約半周の城壁ウォークを終え、今度はウォーターゲート・ストリートを東方向へ進んで、先ほどゲイルさんと別れたクロスに戻ってきた。
ちょっと後味の悪いディナー
夕飯は「木曜日キッズフリー」のポスターに惹かれてBella Italiaへ。少し後に来た人たちは満席で断られるくらい盛況だった。キッズミール2つとパスタとワインを注文。お店が混んでいて、注文するのにも、料理が運ばれてくるのにも時間がかかり、入店から食べ終わるまでに1時間半ほどかかった。
会計をお願いすると、キッズミールが無料になっていなかったので、通りがかった年配の店員さん(注文と伝票発行をしてくれた若い店員さんとは別の人)に指摘した。彼女はうんざりしたような表情をして「1セットだけだからね」と乱暴な感じで伝票を再発行してくれた。もしかしたらその年配の店員さんは、ミスをした若い店員さんに対してイラついていたのかもしれないが、こちらからしたら「オタク(御社)のミスなんですが〜?」という気持ちになる。
イギリスに来てカルチャーギャップを感じたことのひとつでもあるんだけど、イギリスの人たちは同僚の失敗や会社の問題と自分の責任を対外的にも切り離しがちだと思う。以前、バスが全然来ないことがあって、一緒にバス停で待ってたおじさんがようやく来たバスの運転手に「どうなってるんだよ?」と問い詰めたことがあった。バスの運転手は「俺は決められた通りに運行しているだけだ。文句があるなら会社に言ってくれ。」と返していた。日本ではまずありえない対応でビックリしたのを覚えている。これは極端な例かもしれないけれど、こういうことがしばしばあるのだ。注文したものと違うものが送られてきてクレームを入れたときに「They(倉庫担当者)が間違えました」と言われたけれど、これも日本だったら「私ども(We)がご迷惑をお掛けして申し訳ありません」だよなー、と思ったこともあった。
話を戻して、ちなみにキッズミールは「2つともスモールで」と注文したのだが、なぜか伝票上では1つがラージになっていて、スモール1つ分のみが無料になった。(提供されたミールのサイズがスモールだったのかラージだったのかは不明。)本当はそのことも指摘したかったが、あまりにも不機嫌そうにされたのでそれは言えなかった。不服だったが、大人しくサービス料込みで支払ってそそくさと店を出た。大して美味しくなかったし(というか全然美味しくなかった)なんとも後味の悪いディナーだった。
チェスターの名誉のために言うと、わたしが2日間のチェスター旅行で嫌な思いをしたのは、このお店だけだ。他の人たちは皆さんおおらかで優しかったことを付け加えておく。
できたてほやほやの銅像
近くのテスコで翌日の朝ごはんを購入し、チェスター駅までバスで帰った。駅前に銅像があることには、お昼にチェスターに着いたときから気づいていたのだが、その銅像が前日に除幕したばかりだということをゲイルさんから教えてもらったので記念撮影をした。


この銅像の人は、トマス・ブラッシー(Thomas Brassey,1805年~1870年)。チェスター出身のイギリス人で、19世紀に鉄道建築の第一人者として活躍した人物だ。世界中で鉄道を建設し、当時の世界の半分近い約13,500キロの線路を敷設した。功績の大きさのわりに知名度が低く(わたしも知らなかった)、再評価すべきという地元の市民団体や鉄道研究者たちの長年の働きかけによって銅像が建てられたのだそう。
イギリスで鉄道黎明期を支えた偉人というと、スティーブンソンやブルネルばかりが有名だが、その陰に、彼らのアイディアを形にした施工のプロフェッショナルがいたのだ。そんな人物にスポットライトを当てようと尽力した人たちがいるという事実も胸アツだ。ゲイルさんから聞いていなければ、大して気に留めずに通り過ぎたであろう銅像に注目できてよかった。
Birdy失踪事件
ここからは極めて個人的な話なので、スルーしてもらってもOKです。が、旅の記録としては綴っておきたいので書きます。
ホテルの部屋に帰ってきてお風呂の支度をしているときに、息子が「お母さん、Birdyどこ?」と聞いてきた。Birdyとは、1ヶ月前にペリダイザ(ベルギーの動物園)で買ったばかりのコンゴウインコのぬいぐるみのことだ。「知らんけど?」と言うと顔を真っ青にする息子。「レストランに置いてきちゃったかも…」と。たった1ヶ月の付き合いだが、子どもたちにとっては大事な友達で、旅の相棒で、家の庭のバードカフェの共同経営者でもあった。(わが家のバードカフェは「Birdy’s Cafe」という看板を掲げている。)
三人で必死になって辺りを大捜索するも見つからず、レストランまで一緒だったことは確実(写真にも残っている)なのでレストランに電話をかけた。電話に出たのは、あの感じの悪いおばさんだった。ぬいぐるみの特徴を聞きもせず、捜したり周囲に確認したりするそぶりも見せずに「ないです」とのこと。「そうですか…」と引き下がり、再び捜索。やはり、ない。テスコ、バス…記憶を遡っても、やっぱりレストランしか考えられない。疲れていたし、店員さんに若干イラついてもいたし、わたしも普段より注意が疎かになっていた可能性は否めない。
今度は別の人が出てくれることを祈って再び電話をかけた。だがしかし、電話に出たのは、またもやあのおばさんだった。「アイムソーリー、バットアイカーントヘルプユー」と慇懃無礼にシャッターを下ろしてきて、今度も取りつく島がなかった。ぬいぐるみをなくしたのは100%わたしたちの過失。だから見つからなくても誰も責められない。そんなことは分かっている。閉店間際の時間に電話を掛けてこられて迷惑だったんだろうなってことも想像できる。でも、もう少し優しくしてくれてもいいのに。ほんの少しの誠意も感じられなくて、ますます悲しい気持ちになった。
娘はシクシク泣き出す始末で、それからのお風呂と入眠前の絵本タイムはお通夜のようだった。せっかく楽しい1日だったのに。わたしも悲しくて居ても立っても居られず、子どもたちが寝た後に以下のアクションを起こした。
①Bella Italia本部に遺失物の問い合わせをする
②Birdyと同一のぬいぐるみをネットで探す→イギリス国内での販売を見つけられなかったのでメーカーに販売店を問い合わせる(Birdyが見つからなかった場合のプランB)
メールを送って少し気持ちが落ち着いてきたと同時に、眠気に襲われて気づけば寝ていた。
乗り物酔いで始まり、大事なBirdyの失踪で幕を閉じたバタバタの1日だったけれど、学びが多く、とても充実した1日だった。(この日記も気づけば超長文に!)動物園のついでに訪れたチェスターは、とっても良い街でした。来てよかった。
2日目のチェスター動物園編に続きます。では、また〜!
