人間は、基本は多動なのだと思う
極端な言い方だと思うけど、動かない人間は基本的には居ない。
飯を食う為に動く。
寝る為に動くし、欲や性欲では動く。
自分に都合がいい場合だけは動く。
それ以外でも動くと言えば動いてる。
動かないのは動きたくないと動かなくても良いと思っている人間だけなんだと思う。
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多動性と言うけれど、好きな事でも、自分が出来ていると思っている事でも、思慮が浅く、正解や、正しい理解をせずに、次から次へと気が散漫で。
人は皆
「自分以外の視点」
「他人からの声や意見」
には、なかなか気が付けない。
僕も昨日、脱衣所で一瞬苛ついたことがあったけど、その僕の後ろの人の視線には気が付いていない。
僕は自分はその時に何も問題を起こしていないから後ろの人の視線や気配を考えて見る必要は無い、と答えるのだろうけど。
自分の都合が良い、あるいは、自分が気になっている事、部分しか見えていない。だから、僕も周りが見えていると思っている事が未熟なのだ。
だから、僕は、気を付けていたい。
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悲しい夜。辛い夜。寂しい夜。
こんな時に、誰かに連絡をする事も、出来なくなっていく。
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死んでも許さない、の先は、不安と不信しか僕には遺さない。
怒りと言うのは気分が悪い。
僕の地獄を、解って欲しい。
僕の辛さを知っていて欲しい。
一生、僕の不幸と地獄を、わかって、忘れないで欲しい。
そして、これも不安と不信しか産まないから。
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弱者と不幸と不安。
死んでも許さないと、不安と不信の先には地獄しか遺らない。
おまえもか。
僕と僕はまだ、己の柵と、弱者の中。
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こんな曖昧でバラバラの穴あきだらけの日記だけれど、本当に、僕は死に体を超えて、悲しい、悲しい、とても悲しい夜。
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昨日、下書きが179もある事に気が付いた。
今日で180を超えた。
他と言っても録音はあるけれど、僕の想いは報われることも消化する事もなく。無量大数にある命の中の一つ。自由に生きている一人。
自由とは、生きようが死のうが関係ない、それぞれの勝手という事。
だから、僕がどう生きて、どうなって、どう死んでも、関係ないのです。
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世界の中心は世界。
だから、僕らは死なない為に、必死で生きていくのですが。
僕にはもうそれが辛く苦しいのです。
ここで
「頑張らなくていい」
「自分らしく生きれば良い」
は、無責任な弱者たちの言葉。流行り言葉の免罪符の安売り、乱発三行。
それは、僕の足を引きづり落としてくる縛り、なので拒絶する。
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いつか会いたい人に会える事を祈って。
いや、祈らず、努力して。
願って、逢いたい人にいつか逢える事を神様に誓う。
僕の今の車が廃車になる前に、山口県に行きたい。
九州の方にも行く。
大阪や東京は行かない。
京都も沖縄も諦めた。
この車は、僕があの時に死にかけた山口県への旅から、Noteと同じように始まった。
いつまでも同じことを言って逃げていては僕は前に進めない。
僕の勝手、僕のエゴだ。
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今日は言わない。
とりあえず、僕は必ず。
こうやって、一瞬でも気を許すと、悪魔の風に自分が飲み込まれる。
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死んでも許さないを舐めない方がいい。
その言う言葉は、誰も幸せにもならない、誰も得しない、三方地獄になる可能性を孕む。
それを理解したのなら、そうやって、不幸を生む、生き方なんてするなと思う。
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僕も、全部とは言いたくないけど、僕は最低な生き方をしている。
今も罪悪感と、全身の神経痛が、本当にイライラするくらい、泣きたい気持ちはもう通り超えて、本当に心底、本当に痛いんだ。
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僕の親も、私は悪くない、の一辺倒だから。 あれはもう救えない。。
救えない、なんだ。
救えない化け物か。救えない馬鹿か。
救えない妖怪かゴミグズ人間か。
僕はもう死ぬまで一人だ。
死ぬまで孤独になってしまうのだと思う。
別に死にたいとか未来を放棄したわけではない。
ただ、僕は幸せになる、全員を幸せにすると言う、人間愛と家族愛を全うする。
でも、僕は弱者を死んでも許さない。
お前を死んでも許さない。
お前を死ぬまで許さない。
僕はその時、もう消えてる。

