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第一話 祖父というひだまり

母には今でも忘れられない人がいます。

それは祖父です。

母にとって祖父は、どんな時も味方でいてくれる存在でした。

幼い頃の母は、祖父と一緒に畑で野菜を育て、田んぼ仕事を手伝い、納屋では藁を使ってかごを編んでいました。

今でも母は言います。

「あの納屋のにおいが忘れられない」と。

土のにおい。

藁のにおい。

そして野焼きの煙のにおい。

その香りに触れるたび、祖父と過ごした日々がよみがえるそうです。

祖父は毎日、机に向かって何かを書いていました。

幼い母は、それを漢字の練習だと思っていました。

だから学校の作文に「おじいさんの漢字練習」と書いたそうです。

その作文は県の特選に選ばれました。

けれど後になって母は知ります。

祖父が書いていたのは漢字の練習ではなく、写経だったことを。

今思えば、母が見ていたのは文字ではなく、静かに机へ向かう祖父の背中だったのかもしれません。

その影響だったのでしょうか。

母の文字は今でもとてもきれいです。

小学生の頃、学校で鳩当番をしていた母は、鳩の卵が蛇に食べられると聞きました。

卵を守りたい。

そう思った母は、あぜ道に卵を移して帰ったそうです。

ところが夜になると心配になり、祖父へ打ち明けました。

祖父はすぐに担任の先生へ連絡をしました。

先生は母を叱りませんでした。

そしてこう言ってくれたそうです。

「卵を守ろうとした気持ちが優しいから、叱らないように」

母の優しさは、祖父から受け取ったものだったのかもしれません。

冬になると母は祖父へ編み物をしていました。

帽子やマフラー、靴下を編み、祖父へ贈りました。

それを受け取った時の祖父の嬉しそうな笑顔を、母は今でも忘れられないと言います。

夜になると祖父は歌を聞かせてくれました。

母は嬉しくて、炬燵の上で箒をマイク代わりに歌っていたそうです。

小さな母。

冬の炬燵。

楽しそうに笑う祖父。

その景色は今も母の心の中に残っています。

私は時々考えます。

母にとって本当の幸せとは何だったのだろう、と。

その答えを探したくて、この「のの帖」を書き始めました。

けれど、もう答えは見つかっているのかもしれません。

納屋のにおい。

野焼きの煙。

手編みの帽子。

炬燵の上の歌。

そして、何があっても味方でいてくれる人。

母にとって祖父は――

最初のひだまりだったのだと思います。


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