8月15日、数字だけは忘れないでほしい──東京10万人、広島14万人、長崎7.4万人
〜戦争で最も怖いのは、人間が「数字」に変わっていくことだ〜
はじがき
8月15日、終戦の日。
戦争については、立場によってさまざまな主張があります。
だからこそこの日は、思想ではなく確認できるDataから考えたい。
東京、約10万人。
広島、約14万人。
長崎、73,884人。
ただし、この3つは集計方法が違います。
「死者数ランキング」ではありません。
数字を競わせるためではなく、数字の向こうに何があったのかを見るためです。
STEP1|東京──一夜で約10万人
1945年3月10日の東京大空襲。
国立公文書館によれば、
B29=325機
爆弾・焼夷弾=約38万発
死者=約10万人
罹災者=100万人以上
でした。
東京都も「10万人とも言われる尊い命が奪われた」としています。
「30万〜50万人」と数字を膨らませる必要はありません。
確認できる約10万人だけで、すでに途方もない惨禍です。
STEP2|広島──1945年末までに約14万人
1945年8月6日、広島。
広島市は原爆投下当時、市内に約35万人がいたと推計しています。
そして1945年12月末までに、
約14万人(±1万人)が死亡。
これは「瞬間的に14万人が死亡した」という意味ではありません。
爆風、熱線、火災、放射線による急性障害など、その後の死亡も含んだ推計です。
STEP3|長崎──73,884人
8月9日、長崎。
長崎市が現在一般的に使用している数字は、
死者73,884人
重軽傷者74,909人
被災人員120,820人。
正確な被害の全容は現在も確定していません。
だから歴史を語るとき、
「分からない数字」を無理に断定しないことも重要です。
STEP4|10万人になると、人間は「統計」になる
ここに心理学の怖さがあります。
心理学者ポール・スロヴィックらが論じてきたのが心理的麻痺(psychic numbing)です。
私たちは一人の犠牲者には強く感情移入できても、犠牲者数が巨大になるほど、一人ひとりを実感しにくくなります。
10万人。
14万人。
7万3884人。
数字が大きすぎると、悲劇が逆に見えなくなる。
STEP5|だから数字を「人間」に戻す
10万人とは、
「10万人」という一つの塊ではありません。
一人の死が、およそ10万回あったということです。
そこには子どもがいた。
親がいた。
働く人がいた。
明日の約束をしていた人がいた。
大量破壊の恐ろしさとは、都市を壊すことだけではありません。
人間を「名前」から「人数」へ、
人生を「物語」から「統計」へ変えてしまうことです。
おわりに
東京、約10万人。
広島、約14万人。
長崎、73,884人。
数字は完全ではなく、集計基準も異なります。
だからこそ、数字を盛らない。都合よく削らない。分からないことは分からないと言う。
歴史に向き合う最低限の作法だと思います。
全体総括
終戦から81年。
戦争を語る目的は、どの国が「最も悪かったか」を競うことではありません。
自国の犠牲も、他国の犠牲も、人間の死として見る。
8月15日。
数字だけは忘れないでほしい。
しかし本当に忘れてはいけないのは、
その数字の「1」には、一人分の人生があったということです。
