31年経っても、私たちは本当に学んだのか
――阪神・淡路大震災が今も突きつける現実
1995年1月17日、午前5時46分。
まだ暗い時間帯、突然の揺れが日常を壊しました。
阪神・淡路大震災。
6434人が亡くなり、3人はいまも行方不明です。
この数字は、31年経った今も変わっていません。
神戸・東遊園地に灯る「つむぐ」という文字。
それは祈りであり、「忘れない」という誓いの象徴です。
けれど、胸に手を当てて考えたい。
私たちは本当に、その教訓を生かしてきたのか。
地震そのものは防げません。
これは誰もが知っている事実です。
一方で、地震による被害は、人の備えで減らせることも、阪神・淡路大震災以降の検証で明らかになっています。
実際、震災後に耐震基準が見直され、建物倒壊による犠牲者は減りました。
つまり日本は、「できる対策」は確かに学び、実行してきたのです。
それでも、6434人が亡くなりました。
その中には、情報が届いていれば、助かった可能性のある命が含まれていました。
阪神・淡路大震災では、外国人の犠牲者が174人いました。
「避難所がどこか分からなかった」
「行っていい場所だと知らなかった」
これは本人の問題ではなく、伝える側の問題です。
ここで出てくるのが「災害弱者」という言葉です。
でも、これは特別な人の話ではありません。
・高齢の家族と暮らしている
・持病があり、薬が欠かせない
・小さな子どもがいる
こうした家庭は、どこにでもあります。
誰でも、ある瞬間に災害弱者になります。
その対策として国や自治体が進めているのが「個別避難計画」です。
これは、この人は災害時に誰がどう助けるかを、事前に決めておく仕組みです。
ところが現実は厳しい。
神戸市では対象者約26万8000人のうち、計画が整っているのは5%以下にとどまっています。
避難訓練や家具固定は大切です。
ただ、災害研究でははっきりしています。
事前に決めていない行動は、災害時にはほとんど取れない。
風化とは、忘れることではありません。
思い出しても、行動が変わらないことです。
1月17日は、祈る日であると同時に、
「自分の周りは本当に大丈夫か」を点検する日であってほしい。
阪神・淡路大震災は、過去の出来事ではありません。
今も続いている宿題です。
次の地震で、同じ後悔を繰り返さないために。
その答えは、今日の私たちの行動にあります。
