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谷は、加速して一気に駆け抜けるところ



とある本に、

「谷は失敗じゃなくて成長期だ」

というようなことが書かれているらしい。
人生には山と谷があって、山は調子のいい時期、谷は調子の悪い時期。
谷を「失敗」と呼ばずに「成長期」と呼び変える。
なるほど、と思う一方で、僕の中では少し違う景色が浮かんだ。

私はスキーが好きだ。
これは自転車にもいえることで、坂を下るのが好き、というより、坂を下る時に体に起きることが好きなのだと思う。

自転車で坂道を下る時、多くの人はブレーキを探す。
怖いから、危ないから、まずは減速する。
それは間違ったことではない。
ただ、スキーのスタートを思い出してほしい。
ゲートを出た瞬間、選手は重力に身を任せているだけじゃない。
何ステップか斜面を蹴り、自分から加速をつけにいく。
じっとしていても勝手に滑り出すのに、そこにもうひと押し力を足す。

谷というのは、下り坂だ。
人生の谷も、きっと同じなのではないか。

「最近ついてないな」「うまくいかないな」。
そう感じた瞬間、それはもう下り始めているということだ。
多くの人は、そこでブレーキを探す。
耐えよう、じっと我慢しよう、と。悪いことではない。

ただ、私はこう思う。

せっかく重力を使えるのなら、加速してしまえばいい。

下りながら、次の一手を考える。
調子の良い時に次を考えておくとさらに良い。
谷底に着く頃には、もう次の登りの勢いがついている。
谷底で呆然としてから「さて、どうしよう」と考え始めるのと、下りながらもう考え始めているのとでは、立て直しの速さがまるで違う。

「谷=成長期」

という言葉を聞いて、多くの人は畑を思い浮かべるのではないだろうか。
土を耕し、種をまき、水をやり、実るのをじっと待つ。
谷にいる時間は、じっくり力を溜める時間。
急いではいけない、腰を据えて向き合うべき時間。
そういう成長のイメージだ。

これは、悪い考え方ではないと思う。
ただ、今の時代に合っているかは、また別の話だと思う。

昔は、じっくり育てても間に合った。

時代の変化がゆっくりだったから。でも今は、種をまいている間に、市場そのものが変わってしまう速さだ。
せっかく実らせても、他の誰かが先にやってしまっていたり、実った頃にはもう時代遅れになっていたりする。

考えてみれば、僕らの身の回りにあるものは、もうとっくに

「完成させてから出す」というやり方をやめている。

パソコンのOSは、月に何度も、年に何度も更新される。
一昔前、ソフトはCD-ROMに焼いて売っていた。
焼いた瞬間がゴールで、後から直しようがなかったから、出す前にとにかく完璧に仕上げるしかなかった。
今はネット回線一本で、出した後もずっと直し続けられる。
だから「六割の完成度でもいいから、まず動く」というやり方が、現実的な戦略になった。
致命的な欠陥でなければ、後からリコールすればいい。

企業も同じだと思う。
生き残る企業というのは、業績が落ちてから慌てて対策を考える企業ではなくて、調子のいい時期、つまり山にいる時から、静かに次の一手を仕込んでいる企業だ。
傍目には「なぜ絶好調のうちに」と映るかもしれない。
けれど、その静かな仕込みがあるからこそ、実際に市場が変わった時、その企業だけがあまり谷に落ちずに済む。

谷は、耐える場所だろうか。
それとも、一気に通過する場所だろうか。

畑を耕すように、じっくり時間をかけて実らせる成長の仕方がある。
それと同時に、下り坂で重力を使って加速し、谷を一瞬で通り抜けてしまう成長の仕方もある。
どちらが正しいという話ではないと思う。
ただ、自分がどちらの坂の上に立っているのか、時々確かめてみてもいいのではないか。

次に「最近ついてないな」と感じた時、私はまず、雪面を蹴ってみようと思う。