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味噌汁は味が薄ければ薄い程良い

 味の濃い味噌汁はつらい味がする。飲む前に覚悟が必要である上、飲んだ後に休憩したくなる。
 名古屋に住んでいる時はよく赤だしの味噌汁が食卓に上がっていたので、自分は味噌汁が苦手だと思っていた。ガツンと来るというか、パーソナルスペースを広くとる私のそばにグイグイと近寄る無神経な輩みたいというか、とにかく、デリカシーの欠片も感じられないその汁物にただたじろぐことしかできなかった。
 だが、大人になってわかったことだけれど、私の味噌汁の嗜好における適正塩分量が人よりもずっと少ないだけで、赤だしや普段の味噌汁が悪いわけではなかった。それに、私は適正を間違えなければ味噌汁が大好きだと気が付いた。
 実際、私の家族はかなり味の濃い味噌汁が好みだったみたいで、以前帰省したときに味噌汁を出された際には、お湯で三倍に薄めればとても美味しく飲むことが出来た。私の実家の味噌汁の希釈倍率はお中元で貰うカルピスと丁度同じだった。

 味噌汁を美味しいと感じる塩分濃度は大体0.8%から1.0%だと言われている。これはお椀一杯に対し、味噌が大匙一杯程度である。
 また、スーパーで売られている減塩の処置がとられた健康的な味噌汁の塩分濃度は0.7%程度であり、これについては「物足りない」とか、「味が薄い」と感じる人も多いらしい。
 私は普段減塩のインスタント味噌汁を愛飲しているわけだが、これに規定量の2倍以上のお湯を注いでいる。つまり、塩分濃度でいえば0.3%程度だろうか。そう考えると、私の家族の味覚がおかしいのか、それとも私の味覚がおかしいのか分からなくなる。私も家族もそれぞれの正義を掲げ、未だに膠着状態が続いている。

 私の好みで言うところの「味の薄い」というのは、単純に塩分が低ければそれでよく、特段出汁が効いていなくてもいい。それはもちろん、カツオやらコンブやらの出汁がよく出ているものに越したことはないが、極論薄ければ何でもいい。具にも特にこだわりはなく、不満があれば勝手にやかんを火にかけるわけで、山岡に比べれば可愛いものだ。
 何故こうも人より薄いものが好きなのかについて考えたことがある。
 そこで一つ答えが出た。これは恐らく、味噌汁をおかずとして捉えていないからだろう。(まあ、味噌汁に限らずスープや汁物全般に言えることだが)私にとって汁物の位置づけは、温かい緑茶や、蕎麦湯に近いもののように感じる。
 役割としては二つある。一つ目はそれ単体で飲んで、ほっとしたいのだ。
 通常の味噌汁であれば塩味の余韻で米を食うことも可能であり、主菜と主食の往復に疲れた際には助け舟として二次的三次的なおかずの役割さえ果たすオールラウンダー的存在である。それは具沢山であればその性質がより顕著になり、飽きずに美味しくメシを食うための重要なファクターになり得る。
 だが、私個人の感覚ではこの要素は味噌汁に必要ない。主菜や副菜があれば米は進むわけで、一度の食事で何かに飽きたり、味噌汁にまでその役目を担がせる気もない。それよりも、単純に温かい汁を啜り、深く息を吐いて心を落ち着かせられることが重要だ。この感覚は、主菜や副菜にはない唯一無二の要素ともいえる。腹が減り、メシをがっつきたいとはやる気持ちを宥める優しさが味噌汁にはある。
 二つ目の役割は、口内のリセットである。
 揚げ物や炒め物など、主菜には油を使用する場合が多く、同時に主食を摂取する目的から他の献立より比較的塩分が高い。
 また、私は納豆を毎日食べているので、結果的に食事中どうしても口の中がもたりとしてくる。こんな時、温かい味噌汁は全てを流し、すっきりとさせてくれる。これがいい。
 通常の味噌汁ではすっきりさせることは難しい。やはり、塩分が多いぶん薄い味噌汁ほど効果はなく、もとより味の濃い主菜や納豆の後に飲みたいと思うことも少ない。薄いからこそ気軽に口に運ぶことが可能であり、期待を裏切らない。あまり味がしない味噌汁は、私の過去をすべて流してくれる気持ちの良い性格をしている。

 これらの役目を果たすのは温かい緑茶でも勿論良いのだけれど、食事に合わせる飲料はやはり冷たい麦茶か烏龍茶が良い。メシを食っている間、何かを飲みたいと思う時は、同時に、大抵味の濃いものを食べて「喉が渇いた」と思っている時だ。喉を潤したいという欲は、のど越しのよい冷たいお茶をごくごくと飲んでこそ満たされる。私はそう考えるため、自ずと温かいお茶を合わせることが極端に少ないのだ。
 そうであるならば、温かいお茶が本来果たすべき役割を誰が担うのか。そこで白羽の矢が立ったのが味の薄い味噌汁だった、ということである。

 味噌汁には無限の可能性がある。具を変えれば、出汁を変えればその表情はありとあらゆる性質に変転し、飽きさせない。そして、塩分の量を調節すれば、その役割さえ変わる。私は薄いものが好きだが、濃いものだって悪いわけではない。それは確かに、人の好みに合わせれば誰だって美味しく感じる素晴らしい汁物だ。
 あたりまえのように、日常的に存在するそれは、非常に価値の高い日本の代表的ソウルフードである。昨今では選択肢も広がり、比較的常飲する人も少なくなった。だが、今こそ味噌汁について、もう一度見つめ直してあげて欲しい。
 そんなことを考えながら回転寿司屋であおさの味噌汁を注文した。数分後、右壁上部に取り付けられたベルトコンベヤが高速で回転し、それは届いた。
 蓋を開けると、もわもわと湯気が立ち、磯と味噌の香りがした。
 ずずず。一口飲んでみると、やはり味が濃い。いや、まあこれがスタンダードなのだけれど。私はテーブルに取り付けられた蛇口を捻り、味噌汁を倍に薄めた。
 すると、正面に座る友人が「びんぼくさっ」と呟いた。
 ちくしょう。こだわりなんてこんなものだ。味噌汁がいつもよりしょっぱくてつらい味がした。


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