「どちらの道を選ぶのか」人生の選択で迷ったときに思い出す言葉
映画『ボヘミアン・ラプソディ』でドラマー役を演じたベン・ハーディが主演する、『カレとカノジョの確率』という映画がある。その中の一つの台詞が強く印象に残っていて、そしてその言葉が、最近、よく私の頭に浮かんでくる。
「どうしようかな」「どちらが正解だろう」「このまま続けるべきか、やめるべきか」。キャリアに迷ったり、想いを伝えるのを躊躇したり。誰かを誘いたいけれど、迷惑かもしれないと足が止まるとき。そんなときに、私はこの言葉を思い出し、決めるのだろうなと思っている。
運命が運命になりうるのは、そうしたいと決めたときだけ。
(Fate can only be fate if we decide that we want it to be.)
これがその台詞だ。
偶然同じ飛行機に乗り合わせ、恋に落ちた男女。連絡先を交換する前に離れ離れになってしまう。その後、カノジョのほうが、カレの居場所の手がかりを掴み、13分後に出発するバスで会いに行くか、それとも諦めるか迷っている、物語の中盤のシーンでナレーターが挟む台詞だ。
カノジョに決断の時間は2分しかない。そのバスに乗らなければ、カレに再び会える確率は6%以下にまで下がる。そう説明するのだ。
「どちらの道を選ぶのが正解か」と迷うとき、自然とこの台詞が頭に浮かぶ。そして私は、自分自身に投げかける。
運命が運命になりうるのは、そうしたいと決めたときだけ。
そう言うと、今の選択次第でこの先の運命が変わることに気づかされる。と同時に、今のこの状況は、他の誰でもない私自身が選んできた結果なのだと認識する。「頭であれこれ考えすぎず、本当に望む方を選べばいいのだ」と、そういう気持ちになれるのだ。
最近まで私は、今の会社で会社員を続けるか否かでずっと悩んでいた。今の仕事が積み上がって将来のキャリアにつながる気がしない、モチベーションも下がりきり、心の中は「やめたい」と不満で溢れていた。けれど、その会社に入社することも、そのプロジェクトに入ることも、その役割を担当することも選んだのは他ならぬ私だ。上司の指示だったとしても、もし私が上司にやりたくないと伝えていたら、他にやりたいプロジェクトがあったのならそれをやりたいと意思表示していたら、きっと違う運命になっていただろう。
今まで私は、不満も含めて自分の望みを伝えることは図々しい、やりたいと言っておきながらできなかったらどうしようと思い、自分で決めて選び取ることをどこかでさぼっていたのだ。
この先の運命は自分の一瞬一瞬の選択で変えられる。欲しいものがあるなら、欲しいと声をあげてみる。会いたい人がいるなら、そのとき連絡を取ってみる。やりたいことがあるなら、そのとき始めてみる。
だから私は、自分で決めて選び取ることを、もうさぼらない。迷ったときは、周りの目や世間の評価を気にするのではなく、自分が本当に「そうしたいか」どうか。そのシンプルな基準で選び続けていきたい。
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