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一太郎との出会い――日本語をパソコンで書くことが特別だったころ

 いまでは、パソコンで漢字を打つことなど当たり前になった。

 「きょういく」と打てば「教育」と出る。「がっこう」と打てば「学校」と出る。
 そんなことに、いちいち感動する人はいないだろうね。

 でも、私がパソコンに触れ始めたころは違ったんだよ。

 最初のころのパソコンでは、画面に出せる日本語にも大きな制約があった。
 半角のカタカナを使い、漢字を扱うには漢字ROMなどの仕組みが必要だった時代だ。

 漢字を画面に出せる。

 それだけでも、ずいぶん未来に近づいたような気がしたものだ。

 やがて単漢字変換が使えるようになり、エディタで文章を書くようになった。
 そして、本格的な日本語ワープロソフトが登場してくる。

 私が最初に気に入って使ったのは、管理工学研究所の「松」だった。

 これは本当によく使った。

 長く使う道具というものは不思議なもので、機能の多さだけではなく、指が操作を覚えてしまう。
 「松」は私にとって、まさにそういうソフトだった。

 だから、後に大きな存在となる「一太郎」にも、私はすぐには移らなかった。

 一太郎の前には「jX-WORD太郎」という製品があった。
 そして一太郎へと発展していくのだけれど、私が本格的に一太郎を使い始めたのは、記憶ではVer.3のころだったと思う。

 そこで驚いたのが、ATOKだった。

 日本語の変換が、それまでとは違った。

 単に読みを漢字に置き換えるだけではない。

 文章を入力すると、「ここまでが一つの文節だろう」とコンピューターが考えて区切ってくれる。
 そして熟語を含めて、かなり自然な日本語へ変換してくれる。

 「ずいぶん賢いなあ」

 当時は本気でそう思ったものだ。

 今の生成AIを初めて使ったときの驚きとは種類が違うけれど、コンピューターがこちらの言葉を少し理解してくれたように感じた、という意味では似ていたのかもしれない。

 それから40年近くたった。

 Microsoft Wordが仕事の世界では事実上の標準になり、私自身もWordを使うことが当たり前になった。

 ところが2026年になって一太郎を見てみると、まだ生き残っているどころか、ずいぶん面白い進化をしている。

 文章作成を支援する「ATOK MiRA」、個人情報チェック、プライバシーフィルター、文章校正、音声入力や文字起こし、さらに個人出版を意識したペーパーバック向けの機能まである。

 昔、一太郎を使っていた人間からすると、これはちょっと気になる。

 ただし、一番興味深いのは新機能の数ではない。

 一太郎は40年近くたっても、結局、

 「日本語を書く人を助ける」

 というところから離れていないように見えるんだね。

 昔のATOKは、私たちが入力した「かな」を、できるだけ正しい日本語へ変換してくれた。

 いまのATOK MiRAは、その先にある文章そのものを整えるところまで手伝おうとしている。

 技術はまるで違う。

 でも目指しているものは、案外同じなのかもしれない。

 人間は、何を書くかを考える。

 コンピューターは、それを日本語として形にするところを手伝う。

4 0年前には「文節を理解して変換してくれる」ことに驚いた。

 そして今は、「文章の意図を考えて書き直してくれる」時代になった。

 そう考えると、一太郎とATOKの歴史は、そのまま日本語とパソコンの付き合い方の歴史でもあるように思えるんだよ。

 久しぶりに、一太郎を使ってみたくなった。

#一太郎 #日本語の力 #文章作成 #教員生活 #ATOK #書くこと

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磐 田井(ばん たい) 貴重なサポートをありがとうございます。これからも「現場のリアル」と「役立つ知恵」を誠実にお届けできるよう、活動に邁進します。