反抗期の娘を「待つ」という、父としての静かな決意。
【はじめに:背中を向けられる日々】
最近、小学校を卒業したばかりの長女が、私を露骨に避け始めました。
話しかけても生返事、視線は合わず、時には「こっちに来ないで」と言わんばかりの冷ややかな空気が流れます。父親として、娘を突き放される寂しさは想像以上のものでした。
しかし、この「反抗期」という嵐を前に、私は真っ向から立ち向かうことをやめようと決めています。
【自身の記憶:父を拒絶したあの頃】
なぜ戦わないのか。それは、私自身がかつて同じ道を歩んできたからです。
思春期の頃の私は、父の言動すべてに納得がいかず、一緒に食卓を囲むことさえ苦痛でした。父の存在そのものを否定し、自分の中から排除しようと躍起になっていた時期があります。
当時は、父が何を言っても「うるさい」としか感じられませんでした。正論であればあるほど、耳を塞ぎたくなったのを覚えています。
変化が訪れたのは、大学生になり、自分が社会の一端に触れ始めた頃でした。一人の「働く大人」として父を見たとき、長年家族を支えてきたことへの尊敬の念が、自然と湧き上がってきたのです。あんなに拒絶していた父の言葉を、ようやく素直に聞き入れられるようになったのは、物理的にも精神的にも「自立」が始まった瞬間でした。
【変わらない日常を、淡々と】
今の長女にとって、父親である私は「乗り越えるべき壁」であり、同時に「自立のために一度切り離さなければならない存在」なのだと思います。
だからこそ、私は焦りません。
娘の想いを尊重し、無理に距離を詰めようとはしません。その代わり、以下の二点だけは、何があっても継続すると決めています。
①「おはよう」の挨拶を欠かさないこと
返事がなくても、機嫌が悪くても、私は毎朝「おはよう」と声をかけます。「君がどんな態度であっても、お父さんは変わらずここにいるよ」という、無言のメッセージです。
②家事を誠実にこなすこと
共働きの妻と家事を分担し、当たり前に料理や掃除をこなす。その「生活を支える一人の人間」としての姿を、娘の視界の端に入れておきたいのです。言葉で教育するのではなく、誠実に生きる背中を見せ続けることが、数年後の信頼に繋がると信じています。
【必要な時に、必要な支援を】
反抗期は、子供が自分の力で立とうとしている証拠です。
今は「排除」されている私ですが、彼女が本当に困ったとき、迷ったときに、いつでも手を貸せる場所に立っていたい。そのための「安全基地」であり続けることが、今の私の役割です。
娘が大人になり、ふとした瞬間に「あぁ、お父さんも頑張っていたんだな」と思ってくれるその時まで。私は焦らず、静かに、彼女の成長を待ち続けようと思います。
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