見出し画像

プレゼン能力があると思っていたがそうじゃなかった話

エンディングノートという物がある。
エルデンリングでも、ネバーエンディングストーリーでもない。
どっちも冒険だけど、エンディングノートはその名の通り「ノート」だ。

簡単に言うと、自分が死んだ時にこうして下さい、と書き記すノート。
残された家族に残す遺書のようなものとも言えるが、法的効力はない。(一部を除く)
 
私は随分早くにそれを用意した。
昔から「私は早く死ぬだろう」と思っていたから。
なんだかんだ人生折り返してるから死なないんだなと思い始めたのは最近の事。

もちろん自殺願望がある訳ではない。
親より先に死ぬのは親不孝、という気持ちはずっとある。
でも家族が死んだらいつ死んでもいいんだよなという気持ちではいるので、人生を楽しんでいると思うしそう思われているようだ。

エンディングノートを書こうと思った時に、Amazonでまず探した。
私はAmazonで動画が観れるようになる前からの古参アマプラ会員だ。
古参アマプラ会員だからといって会費が安いとかはない。
ちょっと言ってみたかった「古参」。

そして配送会社に迷惑かけまくっているダメ人間。
みなさん映画ラストマイルを観てください。
配送会社の皆さんいつもありがとうございます。

エンディングノートには色んな種類がある。
ただのキャンパスノートに書いても良いのだと思うが、見やすさや分かりやすさの観点から「エンディングノート」として販売されている物がよいと判断した。
というのは聞こえがいいが、Excelとかで作るのめんどくさいな、買おう。と思ったのが正直な気持ちだ。

エンディングノート商売を始めた人は賢いな、と思っていた。
例えばA社は「私が死んだらこの人にこの言葉を伝えてください」と残せたり。
B社は「自分が亡くなった時にどういうお別れをしたいか」「埋葬はどうしてほしいか」と伝えられたり。
各社ある程度項目は共通しているのだが、どこに重きを置くかで種類がたくさんあった。
これは簡単に選べない…

そう感じた私は、駅ビルの中の書店に足を運んだ。
そして30分くらい悩みに悩んで、某社のエンディングノートを選んだ。
私がそのノートを選んだ理由は、私が亡くなった時に
「口座はどことどこにある」
「保険関係はこうなっている」
「葬儀や埋葬についてはこうして欲しい」
「亡くなった時に連絡して欲しいのはこの人」
というなんとも義務的なことしか書かなくていい内容だったからだ。
あと、「PCは処分して欲しい」という条件も書けたところが大きいかもしれない。

とても魅力に感じたのは「延命処置の拒否」を記せることだ。
人それぞれ考えがあるので詳しくは記載しないが、医療従事者の姉とよく話し合っていた「こうなったらもう死なせてくれ」という内容を残せて、そこには私の署名捺印と家族の署名捺印がなされる。


そんな訳で、エンディングノートを書いた。
署名捺印がいるので、実家に帰った時に母と姉に伝えた。
「エンディングノート買った」

母「なにそれ」
姉「いや、早くない?」

この時ふと思った。
友達にも同じ反応をされた…
もしかして、みんなそんなに身近に死を感じていないものなのか…?

私は友達には強制しないが、家族には用意しておいて欲しいと思った。
母が亡くなったら、誰に連絡してほしくて誰には報告してほしくないのか分からない。
どのような葬儀を望んでいて、どの墓に入るのか、はたまた入らないのか。
姉もだ。


祖母が亡くなった時、用意した遺影が私服だったので加工して着物にしてくれるとのこと。
その際に葬儀屋に「家紋」を問われた。
母と姉と私は首を捻った。
お墓には家紋が描かれていた。
しかし家紋…上り藤?下り藤…?どっちだったっけ…
その時、母は冷静に、祖母の箪笥から家紋付きの着物を取り出した。
「下り藤」だった。
これは間違いない!と判断した。しかし事件は葬儀中に起こった。
祖父の兄弟が「上り藤」の家紋のネクタイをしているのだ。
私と姉は戦慄した。
忙しそうにする母に「おじさん、上り藤なんだけど!」と報告。
母は「えぇ…?」と困惑。
遺影には「下り藤」の祖母。
葬儀場にも「下り藤」の飾り。
もう後戻り出来なかった。

そのまま葬儀まで終え、親族に確認したところ、
祖父母の家紋は「上り藤」だった。
親戚との付き合いが薄かった私たちには、祖母の着物しか判断材料がなかった。
箪笥にあった祖母の着物はなぜ「下り藤」なのかという謎を残したまま葬儀を終えた。


このエピソードを添え、「ね?エンディングノートっていいよね?」とプレゼンするも、母にも姉にも刺さらなかった。

それよりも母は、自分の死後、親族との関係が絶たれる私と姉を心配していた。
私も姉も、なにも気にしていなかった。

母は「ひとりっ子」なので近しい親族はいない。
実の父、正道の兄に子供がいたので「いとこ」は居るが、正道のやらかしから連絡は取っていない。
私も姉も、親戚付き合いの無い事を「良し」としていた。
私は大学時代から早々に「年賀状」のシステムは断っていた。

子供を望まない姉と私の代で、呪われた我らの家系は終わるのだ。
そんな由緒正しい家柄でもない。
次の時代へ残すべきものもない。

きっと母は娘のウエディングドレス姿を見たかったろうな。
孫を抱きたかったろうな。
とは思う。

だから「結婚」したかった事もあった。
しかし出来なかったし、しなかった。
この人生を選んだのは私。
後悔はないけれど、母はきっと当たり前の人生を歩みたかっただろうと思う。
でも親孝行の為にするもんじゃないと思う。

「元気でいてくれたらそれでいい」と母は言う。

私は今日も元気な社畜。

お盆と年末年始は実家に帰る。
残りの人生は母への親孝行だ。

先立つつもりは毛頭ないが、いつでも逝けるように「エンディングノート」はテーブルの引き出しに入れている。

エンディングノートを書いているときに、家紋は「上り藤」と書こうとしてやめた。
私は今、新お父の養女だ。
でも新お父の墓に入る予定はない。

祖父母の墓には正道の名字も残っているが、私はその姓じゃない。
この墓は近々墓じまいすることになった。


死んだ後の事なんてどうでもいい、好きにしてくれと思っていたが、
残された者のために、迷惑をかけないために、エンディングノートを残した。

動機はなんだっていいと思うけど、死は突然訪れるから
備えるに越したことはない、と思っている。

そうじゃないと私の眠っているエンディングノートが不憫すぎるでしょ。

ちなみにエルデンリング(ゲーム)もネバーエンディングストーリー(本・映画)、もまったく関係ない。
エルデンリングやったことないし、ネバーエンディングストーリーは見たはずだけど記憶にない。
なので落ちに絡めることもできない為体。


以上、エンディングノートをプレゼンして失敗してみた☆でした。

momo

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集