半年で推しに認知された私の記録
「推しに覚えてもらいたい」
推し活をしていると、一度はそう思ったことがある人も多いんじゃないでしょうか。
私もずっと、
「いつか名前を覚えてもらえたらいいな」
「顔を見て気づいてもらえたら嬉しいな」
くらいの気持ちで推し活をしていました。
私の推しは、キャパ1万人以上を埋めるアイドル。
まさか自分が、本当に推しに名前を覚えてもらえる日が来るとは思っていませんでした。
今回は、私が推しに出会ってから、実際に「認知された」と感じるまでの約半年間を振り返ってみます。
※これはあくまで私自身の経験です。
認知されるまでの期間やきっかけには個人差があります。
そもそも私が思う「認知」とは?
私の中では、ただ「見たことがある」と思ってもらうことではなく、
顔と名前が一致している
名前をこちらから言わなくても呼んでくれる
前に話した内容を覚えている
自分について話したことを覚えている
このあたりが揃って、初めて「認知された」と考えています。
なので、たまたまその場で「あ、見たことある」と思ってもらえたような「場面認知」と、継続的に覚えてもらう「認知」は、私は別物だと思っています。
1ヶ月目|最初は「認知なんて遠すぎる」
初めて推しと直接話したのは、接触イベントでした。
話せる時間はほんの数秒。
体感では本当に一瞬で終わりました。
「これで覚えてもらうなんて無理じゃない?」
それが最初の正直な感想でした。
当然、最初から名前を覚えてもらえるわけでもなく、特別印象に残った感じもありません。
この時点では、
「推しに認知される」なんて、まだまだ先の話。
そんな感覚でした。
2ヶ月目|少しずつ「覚えてもらえるかも?」
2ヶ月目も接触イベントに参加しました。
1回の会話は約8秒。
短い時間の中で何回か話すことができ、月に2回ほど参加しました。
こういうイベントでは、同じ日に何回も話すことで「場面認知」はしてもらいやすいと思います。
さっき話したばかりなので、
「あ、さっきの子だ」
という認識はしてもらいやすい。
でも、私が重要だと思ったのはそこではありませんでした。
何日か空いた後に会ったとき、覚えてもらえているか。
ここが大きなポイントでした。
前に話した内容を覚えている。
顔を見て気づいてくれる。
名前を覚えている。
そうなって初めて、
「もしかして、ちゃんと覚えてもらえてる?」
と思えるようになります。
実際、この頃は「覚えてくれているように感じる時」と「明らかに覚えていない時」がありました。
なので、まだまだ確信はありませんでした。
3ヶ月目|会えない月
3ヶ月目は、推しに会える機会がありませんでした。
会う回数を増やせば、その分覚えてもらえる可能性は上がるかもしれない。
でも、毎月必ず会えるわけではありません。
「会えない=認知されない」
というわけでもないんだな、と思いました。
4ヶ月目|オンラインで初めて「名前を覚えてる?」
4ヶ月目は、今までとは少し違う形で推しと話しました。
対面ではなく、オンラインでのトーク。
2日間参加して、それぞれ2回ずつ。
1回につき約2分ほど話せました。
今までの数秒とは比べものにならないくらい長い時間です。
1回目
このとき、名前は覚えてくれているような感じがしました。
ただ、
「私の顔=この名前」
まで完全に一致しているのかは、まだ分かりませんでした。
そして、以前話したことを私から出したときに、推しが「初めて聞いた」ような反応をしました。
そこで、
「名前は覚えてくれているかもしれない。でも、私という人と話した内容まではまだ結びついていないのかも」
と思いました。
2回目
1回目から2日後。
今度は、前回話した内容を推しが覚えてくれていました。
「話したことを覚えてる!」
これがかなり嬉しかったです。
そして、この頃から私は、
「名前はたぶん覚えてくれている」
と思うようになりました。
ただ、自分の中ではまだ「完全に認知された」とは思っていませんでした。
私の中での「認知された」の基準
ここで一度、自分の中での基準を整理してみました。
私が「認知された」と思えるのは、
顔と名前が一致していること。
そして、
こちらから名前を言わなくても、推しから名前を呼んでくれること。
さらに、
私について以前話した内容を覚えていること。
この3つでした。
だからこそ、ここからさらに「ちゃんと覚えてもらいたい」と思うようになりました。
5ヶ月目|また会えない
5ヶ月目も、推しに会える機会はありませんでした。
こうして振り返ってみると、
「毎月会っていたわけではない」
というのも、この半年間の特徴だったと思います。
6ヶ月目|期待していたのに、名前を間違えられた
6ヶ月目は、2ヶ月目と同じような短時間の接触イベント。
1回約8秒ほど。
複数回話すことができ、月に2回参加しました。
4ヶ月目に長く話しているので、
「さすがに今回は覚えてくれているかな」
と、少し期待していました。
でも、最初のイベントでは、推しが私の名前を言おうとしてくれたものの、最初は間違えてしまいました。
もちろん、最終的には楽しく終われたのですが、
「覚えてくれてると思ってたのに……」
と、正直ちょっと落ち込みました。
そして、その後に他のファンのレポを見てしまいました。
「この人は名前を呼ばれてる」
「こんなことまで覚えてもらってる」
「私より対応がいい」
そんなものを見ていると、どんどん落ち込んでしまう。
でも、今なら分かります。
他の人のレポと自分を比べなくていい。
SNSに載せるのは、基本的に「嬉しかったこと」「良かったこと」が中心です。
だから、その人の推し活の全部がレポに載っているわけではありません。
実際には、覚えてもらえていない日があったり、思ったような会話にならなかったりすることもあるはずです。
だから、
「他の人はこんなに覚えてもらっているのに、私は……」
と比べすぎないこと。
これは本当に大事だと思います。
6ヶ月目の2回目|少しだけ手応えがあった
その次のイベントでは、少しでも「顔と名前」を結びつけてもらえるように意識しました。
実は前回会ったときから、髪を約20cm切っていました。
そこで髪を切ったことを話したところ、
「似合ってるよね?」
というような反応をしてくれました。
これが、
「前に会った私のことを覚えていて言ってくれたのか」
それとも、
「今この場で話したから反応してくれたのか」
正直、私には分かりません。
でも、
「少しずつ何かが積み重なっているのかもしれない」
と思える出来事でした。
ちなみに、私が「認知されるため」に意識していたこと
ここまで読んで、
「じゃあ実際に何をしていたの?」
と思った方もいると思います。
私自身、ただ何となく現場に通っていただけではなく、
「どうしたら覚えてもらいやすいかな?」
と考えながら推し活をしていました。
実際に私が意識していたことや、現場でやっていたことについては、別の記事にまとめています。
▼こちらもあわせてどうぞ
「私が推しに認知されるためにやったこと」
※認知されることを保証する方法ではなく、あくまで私自身が実際にやってみたことをまとめたものです。
そして、認知された瞬間
6ヶ月目のイベントから、さらに約1ヶ月後。
この日は、話せる時間が本当に短くて、頑張っても5秒ほど。
いつも通りブースに入って、
「こんにちは」
と話そうとした、その瞬間。
推しの方から私の名前を呼んでくれました。
私は名札をつけていませんでした。
自分から名前も名乗っていません。
それなのに、推しが私の名前を呼んでくれた。
この瞬間、
「あ、ちゃんと覚えてくれてたんだ」
と思いました。
今まで、
「覚えてくれてるかな?」
「名前は分かってるかな?」
「顔と名前が一致してるかな?」
と何度も考えてきたことが、一気につながったような感じでした。
もちろん、すごく嬉しかったです。
「推しに認知される」
という、自分がずっと憧れていたことが、本当に起きた瞬間でした。
認知された後、何が変わった?
認知されてからは、推しの方から名前を呼んでくれるようになりました。
こちらから名前を伝えなくても呼んでくれる。
それだけで、毎回すごく嬉しい。
さらに、見送りのような短い時間だったり、他のメンバーが一緒にいる場面だったりして、ほとんど話す時間がない時でも、こちらに反応してくれたり、手を振ってくれたりすることがあります。
「覚えてくれているんだ」
と思える瞬間が増えました。
でも、「認知された=ずっと幸せ」ではなかった
認知される前の私は、
「覚えてもらいたい」
と思っていました。
でも、認知された後は、
「忘れられたくない」
と思うようになりました。
この違いが、思っていた以上に大きかったです。
認知されるまでは、
「いつか覚えてもらえたらいいな」
だったのに、
認知された瞬間から、
「次に会ったときも覚えてくれているかな?」
に変わってしまう。
少し期間が空けば、
「まだ覚えてくれてるかな」
と不安になる。
他のファンのレポを見れば、
「私よりすごい対応をされてる」
と落ち込む。
そして気づけば、
「推しに会いたいから行く」
ではなく、
「認知を維持するために行かなきゃ」
という気持ちになってしまうことがあります。
「認知を切らしたくない」が目的になってしまう
これって、認知される前には想像していなかったことでした。
認知されることがゴールだと思っていた。
だから、
「認知されたら、もっと楽しくなるんだろうな」
と思っていました。
もちろん、嬉しいことはたくさんあります。
名前を呼んでもらえること。
覚えていてもらえること。
前に話したことを覚えていてくれること。
どれも本当に嬉しい。
でも、その一方で、
「この認知がなくなったらどうしよう」
という不安も生まれました。
認知=特別、ではない
そして、もう一つ認知されてから感じたことがあります。
「認知されていること」と「特別な存在であること」は、同じではない。
名前を覚えてもらっている。
顔を覚えてもらっている。
話したことを覚えてもらっている。
それは、とても嬉しいこと。
でも、それだけで「自分は特別なファンなんだ」と考えてしまうと、他の人の対応が気になってしまいます。
「私よりこの人の方が特別なんじゃないか」
「私より仲が良さそう」
「私より覚えてもらってる」
そんなふうに、また比較が始まってしまう。
だから私は、
認知されたことは嬉しい。
でも、それと自分の価値は別。
と思うようになりました。
推し活は「認知を維持するため」にするものじゃない
認知されたいと思うこと自体は、悪いことではないと思います。
私だって、覚えてもらえて嬉しかった。
これからも覚えていてもらえたら嬉しいです。
でも、
「忘れられたくないから行かなきゃ」
になってしまったら、少し苦しい。
本来は、
「推しに会いたい」
「推しのステージを見たい」
「推しを応援したい」
「今日も推しが好きだな」
という気持ちで楽しむものだったはず。
だから、
認知は推し活の目的ではなく、推し活の中でもらえた嬉しい出来事の一つ。
そう考えるようにしています。
最後に
私が推しに認知されるまでには、約半年ほどの時間がかかりました。
最初は数秒話すだけ。
名前も覚えてもらえているか分からない。
前に話したことを覚えていないこともある。
名前を間違えられて落ち込むこともある。
他のファンのレポを見て、自分と比べてしまうこともある。
それでも、少しずつ積み重なっていって、
ある日突然、
「〇〇ちゃん」
と、推しの方から名前を呼んでもらえました。
その瞬間の嬉しさは、今でも忘れられません。
だから、今「推しに覚えてもらいたい」と思っている人がいたら、
焦らなくてもいいと思います。
他の人と比べなくてもいい。
「何回行けば認知される」という正解もありません。
私の場合は半年かかったけれど、もっと早い人もいれば、もっと時間がかかる人もいる。
そして、認知されることだけが推し活の幸せではありません。
名前を呼んでもらえた日も、少し長く話せた日も、目が合った日も、ファンサをもらえた日も、
ただ同じ空間で推しを見ることができた日も。
全部、
「私はこの日、推しを好きでいられた」
という大切な時間です。
認知されたことは、もちろん嬉しい。
でも、それに振り回されすぎず、
これからも「推しに会いたい」「推しを応援したい」という気持ちを大切にしながら、推し活を続けていきたいと思います。
認知はゴールじゃなくて、推し活の中でもらえた一つの幸せ。
これからも、推しを好きでいられる時間そのものを大切にしていきたいです。
